東京・山谷で夜回りしながら路上生活者を支援する現役僧侶が、彼らの合同墓をつくった「深い理由」

上がり続ける物価に、広がり続ける格差。そんな人々の苦しみに向き合うことが役割のはずの仏教が、”葬式仏教”と揶揄されるようになって久しい。 だが、吉水岳彦住職(46歳)は、人々の苦しみに対して仏教ができることは何か、という問いに向き合い続けてきた。 吉水氏が住職を務める浄土宗光照院があるのは、東京の台東区。かつては日雇い労働者の街といわれた山谷地区にあるが、その山谷もいまは福祉の街へと姿を変えたという。 ホームレスの人たちの支援を続ける吉水住職がこれまで出会ってきた「路上のおじさん」との思い出、そして僧侶として思うこととは——。 熱中症が心配なので…… 「私が代表を務める『社会慈善委員会 ひとさじの会』では、路上生活者の様子を訪ねて回る夜回りの活動をしています。月に2回は会のメンバーと一緒に、加えてもう1回は、個人的な夜回りも行っています。 個人的な夜回りを始めたのは3〜4年前ですね。気候変動の影響が大きくなってきて、熱中症で路上で亡くなる人が出てきたこと。そして、会には参加できないけど個人的に行きたいという学生さんなどをお連れする意味もあって、路上のおじさんたちの様子を見ながら歩いています」 そう語る吉水住職は山谷から浅草の商店街、隅田川周辺、上野公園のあたりまでを見回っている。路上生活者の様子を訪ね、弁当や衣料品を渡したり、具合が悪い場合は医療機関に繋げることもある。 「昼間は彼らも活動しているし、あまり遅いと寝てしまうので、夜8時くらいから回ることにしています。でもおじさんたちの睡眠時間はとても短いんです。路上はコンクリートで夏は暑くて冬は寒い。雨の日は大変だし、人の足音はずっとしているし、時には寝ぐらの段ボールに傘を刺される嫌がらせもされる。これからの季節は熱中症が心配なので、経口保水用の粉末やゼリーも用意して配っています」 ひとさじの会では定期的に弁当を配付しているが、次回の配付日時と場所を知らせていたら、いつの間にか140人ほどが集まるようになった。 「コロナ禍後のここ3年、爆発的に人が増えています。生活保護を受けている人や、年金暮らしの高齢者、路上生活者だけでなく、ネットカフェ難民や、自分の部屋があっても生活に困窮している人たちが並びに来ているようです。 物価が高騰しているから、一食分でも浮かせたいと遠くからくる人たちも多いです。中には、人としゃべるのを楽しみに来るというおじいさんもいました。弁当を用意するおカネは寄付で賄っていて、多くの方の善意で活動は続いています」 完全に福祉の街に変わった 夜回りの時や、弁当を配る時に、吉水住職は路上生活者や弁当を受け取りに来た人たちとさまざまな話をする。そこからは、いまの社会が抱える生活の困難さが見えて来る。 「身体の具合について聞くほかにも色々な話をします。たまに会うおじさんは、支援団体のなかには『お前らはこれでも食べておけ』と、上から渡すように食べ物を与えられたり、ボランティアの人からは『職にもつけない仕方のないやつだ』という視線を向けられることがあると話していました。 『最近寝袋を盗まれたんだけど、盗んだのは俺と同じような境遇でつらいんだろうな』という話も印象に残っています。まだ30代前半くらいだけど、生まれ育った家庭環境が悪くて実家を出ざるを得なかった。体調が悪くて働けず、友達の家に間借りしていて肩身が狭いけど、そこにいるしかない、という境遇の人もいます」 山谷は、かつてドヤ街とも呼ばれ、ドヤと呼ばれる簡易宿泊所に寝泊まりする日雇い労働者が、手配師と呼ばれる人が毎朝紹介する現場で肉体労働に従事していた。 しかし、いまは日雇い労働はすべてネットで斡旋される時代になり、山谷の労働者も高齢化して、生活保護を受給する人が簡易宿泊所で生活する福祉の街へと姿を変えた。 「これまで日雇い労働で日本のインフラを支えてきた世代が、いまは70〜80代になっています。日雇い労働者がやってきた仕事が外国人労働者に変わっただけで、仕組みや構造は変わっていませんが、山谷は完全に福祉の街になりました。 私が2009年に『ひとさじの会』の活動を始めた当初は、50代後半くらいで『俺は鳶をやってるんだ』と息巻く人もいましたが、そういった人もいまは70代になったり亡くなったりしました。かつては夏祭りで、『こういうのは俺たちの仕事だ』といって角材で櫓を組んだりしていた方々が街の清掃をしていたり、皆さん歳を取ったという感覚があります」 山谷暴動の話を聞かされて 山谷の人たちに愛情を寄せ、路上生活者たちを親しみをこめて「おじさん」と呼んでいる吉水住職だが、決して少年時代から日雇い労働者たちにいい印象を持っていたわけではなかったという。 「私が子供の頃は皆さんまだ元気でしたが、ガラが悪くて、ろくでもない人たちだなと思っていましたよ。そこらへんで立ち小便をしたり、お酒を飲んで叫んだり喧嘩をしたりする人がまだたくさんいたんです。お寺の外に停めた自転車を盗まれたこともありましたし、大人たちからは山谷暴動(1962年など)で怖い思いをした話を聞かされる。地域にも私の中にも彼らに対する偏見があったと思います。 私の中の偏見が変わってきたのは、大正大学の大学院で仏教の研究をしていた頃からですかね。当時、認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいの代表をしていて、いまはつくろい東京ファンドの代表をしている稲葉剛さんと出会ってからです。 私はひきこもりやリストカットをしている青少年のための相談活動をしていたのですが、稲葉さんから路上生活者が最期を迎えた後に入るお墓を作れないか、と言われました。それでまず稲葉さんたちの活動を知りたいと、新宿の夜回りに参加したんです」 言葉を交わし、差別意識を自覚した その新宿の活動で、吉水住職は初めて路上生活者と親身に言葉を交わしたという。 「その活動では夜7時から路上生活者の人にご飯を出して、僕らも同じものを食べるんです。夕方の暗い公園で私が丼ぶりを食べていると、作務衣に坊主頭の私を見て話しかけてくる人がいて、『懐かしいなあ』というんです。 『俺は子供の頃に両親がいなくて、ばあちゃんに育てられたんだけど、ばあちゃんがお寺に連れて行ってくれる日は美味しいご飯が食べられるから、寺に行くのが楽しみだったんだ』という話を聞いていると、ほかの人も寄ってきました。 『うちは貧しかったから菓子なんて買ってもらえなかったけど、寺に行くと高級な菓子があるだろ。あれを和尚さんがくれるのが嬉しかった』とか、彼らの原風景のなかにお寺や僧侶があることを教えてくれたんです。その時、自分は『ホームレス、路上生活者とはこういうものだ』という固定観念をもって手伝おうと考え、活動に参加していたことに気づかされました。 実際に話をして、自分の中に差別意識があったことに気づいたんです。会社が倒産したり、いろんな事情から路上生活になっていく過程では、自分で引き起こした問題ももちろんあっただろうけど、それでも置かれた環境の中で頑張って生きてきたのだと実感しました」 夏祭りの時には、その1年の間に新宿で亡くなった路上生活者の供養のためにお経を上げて欲しいと言われた。そしてその時に、衝撃的なことがあった。 名前を失って死んでいく 「亡くなった人たちのことが張り出されているのですが、新宿区〇〇町で死亡、推定何歳……と並んでいるだけで、名前がひとつもないんです。親がこの子のためにとつけたはずの名前すら失われてしまったのだと思うと、とても切なかった。そんな人たちでも路上の仲間はいて、供養する時に『お前なんで行っちまったんだよー!』と泣きながらお焼香する人もいました」 路上生活者にとって、仲間と一緒に入れるお墓が欲しいというのは切実な願いだったが、これまでさまざまなお寺に掛け合っても断られてきたという。 「ある方が『俺たちに墓なんて贅沢なものだろう。だけど、路上に出るまでにこの世の縁という縁を切らざるを得なかった。そんな俺たちが、支援団体のおかげで友達ができた。そういう新しい仲間たちと死んだあともずっと一緒にいられると思ったら、俺は残りの人生をもっと一生懸命生きていけるんだ』というんです。私はその言葉が本当に忘れられなかった。 どんなふうに最期を迎えるかなんて誰にも分からない。明日死ぬかもしれない。でもどんな最期だとしても、大事な人とのつながりが失われないという約束が仏によって約束されていることが、どれほど安心できることか」 路上生活者や生活困窮者の支援を続けている吉水住職だが、彼らから教えられることも多いと話す。 「私は仏教の本を読むことくらいしか趣味がないのですが、おじさんたちは多趣味な方が多くて、生活をエンジョイしている。生活が苦しい中から、おカネを貯めてサッカー観戦のために遠征してお酒を飲んだり、90歳を超えても書道や将棋を楽しんだりしていて、そんなおじさんたちから遊び方を習ったりします」 こんな時代だからこそ 2008年の11月に吉水住職の光照院に路上生活者たちのための合同墓は完成した。完成の儀式には路上生活者たちが集まり、涙を流した。仏によって約束されていることで安心できると語る吉水住職だが、彼にとって仏とはどういう存在なのだろうか。 「私が信じている阿弥陀如来という仏は、自分たちがどんな最期を迎えても、必ず迎えに来てくれる仏であると同時に、その名前を呼べば常に私のそばに居続けてくれる。私をひとりにしないでいてくれる存在ですね」 多くの日本人にとって、仏教は葬式の時にだけ接する遠い存在になりつつあるが、吉水住職は、いまこそ日本人に仏教は必要とされていると話す。 「人々が争うことが多くなって、イライラして自分の環境を呪ったりしている。本当につらいとき、苦しい時に何も頼るものがなくなっている。仏教こそ、そんな人々の苦しみに向き合うために生まれた宗教です。 極端なカルトにはまらないためにも、まっとうな宗教を知って自分の信仰を持つことが自分の心と家族を守ると思います。自分は弱いなという時に受け止めてもらえる仏教は、とても重要なものだと思っています」 酒もタバコもたしなまず、最近は肉と魚を食べることもやめたという吉水住職。いまも毎週のように、路上で暮らす人たちのために夜回りを続けている。 吉水岳彦(よしみず・がくげん) 1978年東京都台東区生まれ。浄土宗光照院住職。大正大学大学院仏教学研究科博士号(仏教学)取得。ひとさじの会事務局長、為先会副代表、臨床仏教研究所上席研究員、大正大学非常勤講師、淑徳大学兼任講師、東京慈恵医科大学病院非常勤講師。 【こちらも読む】『大阪・大正区、西成区は3割以上も減少、東京・中央区、千代田区、港区は2割増加……20年経っても人口が減りにくい街の「3つの条件」』 【こちらも読む】大阪・大正区、西成区は3割以上も減少、東京・中央区、千代田区、港区は2割増加……20年経っても人口が減りにくい街の「3つの条件」

もっと
Recommendations

「どーいうこと?」国分太一めぐる日テレ会見、同時刻放送の番組で触れず ヒルナンデス「通常放送」に疑問

TOKIOの国分太一さんの過去の「コンプライアンス上の問題行為」をめぐ…

天皇、皇后両陛下「広島豪雨」被災地で黙礼…整備された砂防ダム視察も

広島県を訪問中の天皇、皇后両陛下は20日午前、2014年8月の…

【 国分太一 】河合郁人さん「太一さんの口から聞きたい」 コンプライアンス違反・番組降板について私見語る

A.B.C-Zの元メンバーでタレント・俳優の河合郁人さんが、コメンテータ…

公明党の山口元代表が政界引退、来月の参院選に立候補せず 8期15年代表務める

公明党の山口元代表はきょう、来月の参院選に立候補せず、政界を引退…

投打に大ブレーキ最下位低迷のヤクルト 早くも関心は「次期監督」...チームの体質変えるには外部招聘か

セ・リーグの各球団が交流戦で苦戦している中、最下位に低迷している…

【辻希美・長女】希空 「お買い物day」 白いミニ丈トップス姿で夜の街を満喫 青いネオンに映える爽やかコーデに注目

元モーニング娘。でタレントの辻希美さんと杉浦太陽さんの長女・希空…

山形新幹線E8系故障の影響 今週末〜23日も大幅に運休 ほぼ福島駅で乗り換えに

JR東日本は、今月17日、山形新幹線用のE8系車両が相次いで故障したト…

【速報】「多大なる負担に深くお詫び」大川原化工機えん罪事件で警視庁・東京地検幹部が社長らに直接謝罪 社長「十分検証して二度と起きない良い組織に」

横浜市の化学機械メーカー「大川原化工機」のえん罪事件をめぐり、警…

野党提出の“ガソリン減税”法案が衆院・財務金融委員会で可決 まもなく衆院本会議で採決

きょう、事実上の会期末を迎えますが、与野党の攻防が続いています。…

世界陸上前夜祭の参加者募集、KK線でギネス挑戦イベントも…寺田明日香「陸上の世界に触れて」

陸上・世界選手権東京大会(9月13日開幕)を前に、東京都は9月…

loading...