昇進と同時に減給…30代女性、結婚後の「納得できない理不尽」に対する「会社の意外な本音」

労務相談やハラスメント対応を主力業務として扱っている社労士である私が労務顧問として企業の皆様から受ける相談は多岐にわたります。ことに、ここ数年は社会における「常識」が変化しており、その意識のズレが労働問題として噴出している事例も散見されます。 前編の<昇進して減給、異動は女性だけ…30代社員の「社内結婚後」に起きた理不尽>に引きつづき、社内結婚後に賃金の減額を伴う異動の正当性という観点からご紹介します。(なお、ご相談事例は個人の特定を防ぐため、複数のエピソードを組み合わせて再構成したものです) 配置転換で賃金減額は許されない 次に問題となるのは、配置転換そのものが業務上の合理性に基づいていたかどうかです。 一般的に、就業規則や労働協約などで配置転換が可能である旨が明記されており、かつ採用時に職務や勤務地を限定する特約がない場合には、労働者は原則として異動命令に従う義務があります。 しかしながら、以下のようなケースでは、異動命令は「人事権の濫用」として無効と判断される可能性があります。 配置転換に業務上の必要性が認められない場合 ●不当な動機・目的に基づく異動である場合(例:結婚への嫌悪や女性への偏見) ●労働者に過度な不利益(職務の格下げ、通勤困難、著しい給与減額など)を強いる場合 このような事情をふまえると、結婚だけを理由として、業務上の必要がないにもかかわらず配置転換を命じることは、男性か女性かを問わず違法となる可能性が高いと言えます。 したがって、Kさんが疑問に思っているように、「法務部で真に必要とされているのかどうか」という点は、配置転換の適法性を判断するうえで極めて重要です。 さらに、仮にKさんの法務部への異動が業務上の必要性に基づいていたとしても、第二の論点である給与減額の適法性についても検討が必要です。 基本的に、配置転換を理由として賃金を当然に減額することは許されません。賃金の減額には、本人の同意、個別の労働契約上の根拠、あるいは就業規則等の明確な定めが必要です。 加えて、仮に就業規則に基づく定めがあったとしても、裁判例(たとえば、デイエフアイ西友事件 東京地裁平成9年1月24日判決)では、「労働者本人の同意がない限り、使用者が一方的に賃金を減額することは許されない」 と明確に述べられています。 つまり、配置転換に伴う賃金の引き下げは、労働条件の不利益変更に該当します。 労働契約法の趣旨に照らしても、不利益変更は「やむを得ない高度な合理性」がない限り認められません。したがって、会社が一方的に給与を減額することはできず、仮に配置転換が有効であっても、従前の給与水準を維持すべきであるというのが原則です。 実は求められていたことが分かった Kさんには、まず会社に対して「法務部への異動が本当に業務上必要なものであるかどうか」について、納得がいくまで説明を求めるよう助言しました。 配置転換は、労働契約に基づく使用者の指揮命令権により行われるものであり、就業規則にその根拠があり、業務上の必要性に基づいている場合には、会社はこれを業務命令として発することができます。 また、労働者側に職種や勤務地を限定する特約がない限り、その命令には従う義務があるとされています。したがって、Kさんの異動に合理的理由がある場合、原則としてこの配置転換命令に従う必要があります。 ただし、Kさんが異動を受け入れるかどうかと、異動によって労働条件(特に賃金)が変更されることは別の問題です。そこで、「賃金については、原則として従前の水準を維持するよう求めることができる」ことも伝えました。 一般的に、賃金が減額されるケースでは、異動先の職務の責任や難易度が軽減されていることが前提となります。しかし、Kさんの場合はむしろ「昇進」としての異動であり、責任も重くなる可能性があるため、賃金とのバランスが適切かどうかについても、会社に再度検討を求める余地があると考えました。 Kさんは、メモを取りながら筆者の説明を聞いていました。 「説明いただいて、まず結婚が理由での異動かどうかについて確認したほうがいいということが分かりました。本当に法務部で私を必要としてくれているのかどうか、営業部からの厄介払いでないのかわかるだけでも安心できます」 「そうですね。今後のキャリアにも関わることなので、納得できるまでご説明を望まれてもいいと思います」 「この説明を求めても、私に不利益はないですよね?」 「はい。もし、不利益な扱いをされたら、労働局へのご相談も検討されるといいと思います。労働局では総合労働相談センターという機関もありますし、雇用環境・均等部(室)へ直接相談することもできますよ」 「ありがとうございます。問題も整理できました。まずは会社との話し合いですね」 Kさんはそう言って筆者との対話を終えました。その後、ご連絡を頂いたところでは、Kさん自身が入社時の配属希望先には法務部を上げていたこと、法務部では産育休を控えた社員がおり、業務の内容から派遣等ではなく内部の社員で業務を引き継いでほしい意向があったこと、Kさんならば幹部候補生としてキャリア育成の観点からも法務部での課長補佐の任は適切であろうと考えたことなど説明を受けたそうでした。 とりわけ、Kさんは法務課長が「ぜひ一緒にKさんと働きたい」と言ってくれたことが異動をポジティブに考えるきっかけけになり、法務部への異動を受け入れました。 また、営業部時代の賃金差を考慮し、月額給与では他の社員との業務の内容から同一のルールで処理するものの、賞与で年間の所得では前年程度の額を維持できるよう調整することになりました。 月額の給与と賞与では性質が異なるものですが、Kさんは会社のこの方針はとても誠実だと感じ、ますます会社のために働く意欲がわいてきたそうです。 諦めずに対話を試みたKさんの姿勢を支えたものは、それまでのKさん自身の勤務実績だったのではないかと思います。また、Kさんをないがしろにしてはいけない−−そんな会社の誠実な対応も感じられました。 「私、会社に理不尽なことを言われたら退職すればいいと思っていました。でも、そのカードを切るのは今じゃなくてもいいなと思いました。まずはちゃんと説明を求める、というところから始めてもいいんだって、初めてわかったような気がします」 Kさんのこの言葉は、ご本人以上に会社にとって大きな意味があるのではないでしょうか。 過去の労働慣行も、現在は容認さなくなっている 独身研究家、コラムニストの荒川和久氏は、恋愛結婚の多くが職場恋愛を理由とするものであったと指摘しています(参照: 職場結婚は「今や傍流」1990年代から6割減の背景|東洋経済オンライン )。 その恋愛結婚自体も減少傾向にありますが、依然として仕事を通じて出会い、結婚されるカップルは現在でも2割程度存在しています(参照: 婚活情報サイト「オミカレ」が『社内恋愛に関する実態調査・意識調査についてのレポート』を公開いたしました。|PRtimes )。 かねてより、結婚を理由とする人事異動については、様々な議論がなされてきました。過去には多くの企業で社内結婚後は退職や異動が暗黙のルールとされていた時代もあります。 それは職場に私的な人間関係を持ち込むことによる公私混同が懸念されたり、労働者同士で会話に気を遣う必要があるなどの理由から行われていたそれらの慣習は、労働関係諸法令の整備により徐々に廃止されてきています。 この例に見られるように、過去には許されてきた労働慣行も、現在では法的にも社会的にも容認されるものではなくなっています。とりわけ、結婚を理由に一方的に異動や退職を強いるような対応は、男女雇用機会均等法をはじめとする関係法令に照らしても、明らかに不当な扱いであり、厳しく問われる可能性があります。 現代の職場においては、労働者一人ひとりの人生や価値観を尊重し、多様なライフイベントを受け入れる姿勢が求められています。労使双方が対話を重ねながら、私生活と仕事との適切なバランスを支援することが、健全な職場環境の維持につながります。 したがって、結婚を理由にした画一的・一方的な人事措置はもはや時代遅れであり、むしろ個々の事情に応じた柔軟な対応と、相互理解に基づく職場コミュニケーションの構築こそが、これからの組織に必要とされる姿勢であると言えるでしょう。 しかし、まじめに働く人材もいる一方で、社内にはビックマウスの周囲を困らせる人材がいることも確かだ。その詳細を続編記事『 適応障害で休職した「モンスター社員」が職場でついた「被害者続出」のありえない大ウソ』でレポートする。 社労士・村井真子さんの連載「職場の人間関係 トラブル対処法」も公開中 【つづきを読む】適応障害で休職した「モンスター社員」が職場でついた「被害者続出」のありえない大ウソ

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