組織犯罪のなかでも現在、市民生活を最も脅かしていると言われるのが匿名・流動型犯罪グループ、通称トクリュウによる数々の犯罪だろう。SNSを使って集められた実行役たちによる闇バイト強盗が連続して発生したのをうけ、2025年1月から仮想身分捜査が導入された。ライターの森鷹久氏が、捜査方法の拡大により、より巧妙化した闇バイト求人についてレポートする。 【写真】人身売買でミャンマーに連れて行かれた後、タイで保護された俳優 * * * 今年から可能になった「仮装身分捜査」を実施し、全国で初めて容疑者を検挙したと警視庁が発表した。この捜査では、偽の身分証を用いてSNS上の「闇バイト」に捜査員が応募し、犯行グループに接触するという。大手紙警察担当記者が説明する。 「闇バイトによる強盗事件多発をうけトクリュウと対峙するため政府が導入に踏み切り、今年1月に実施要項が全国の警察に通達されていました。実行役として闇バイトへ応募する際、必ず免許証や保険証など、複数の身分証の提示を求められ、最近では、自宅前で自撮りの映像を撮らされたり、親や兄弟の身分証の提示、勤務先などの情報まで要求される例もある。SNSでしか接触できない相手なので、闇バイト関連に限定して偽造の身分証などを使えるようにする捜査です」(大手紙警察担当記者) この捜査が始まってから、SNS上での勧誘が減ったという話もあるという。 「具体的な捜査手法については、犯人側に手の内を明かしかねないと公表していません。ですから、その効果についてもあまりよくわからなかったんですが、一部の警察幹部は”SNS上での勧誘が減った”と話している。”おとり捜査”にも似ていますが、あくまでも、身分を仮装する捜査というわけで、このようなネーミングになったのかもしれません」(大手紙警察担当記者) 身分や本当の狙いを隠して犯行グループに接するおとり捜査は、直接的な被害者が発生しない違法薬物などに限定して活用されてきた。今回、行われた仮装身分捜査は身分証の偽造を可能にするもので、闇バイト関連での実施に限定するという条件つき、法改正ではなく解釈の拡大で対応している。前述の警察幹部が言うように、実施から約半年で一定の効果があったということであれば申し分ないし、それは詐欺被害者の減少にも結びつくことだろう。だが、冷静に考えてみると、拡大を続け、すでに国境をも越えたネットワークが形成されている「トクリュウ」の検挙には、こうした捜査方法しか残されていなかった、という見方もできる。 キーワードは「闇バイト」から「稼げる」「日払い」などへ 事実として、新しい捜査方法は効果をあげているのだろう。だが、詐欺に関するSNS上の動向をウォッチし続けてきた筆者としては、闇バイトへの勧誘が減ったのは、プラットフォーム側の対応が効いた可能性も指摘しておきたい。各種SNSで「闇バイト」はもちろん、高収入、裏バイト、即金、などといった文言を検索すると、闇バイトへの注意喚起が大きく表示されるようになっているからだ。うっかり騙されそうになった、騙されて海外に行ってしまったという人たちは確かに減ったのだろう。 しかし、最近の傾向で見逃せないのが「融資」や「稼げる」、または「日払い」「寮付き」などの文言が用いられた怪しげな投稿の増加だ。筆者は定期的にこうしたアカウントに取材目的で接触しているが、やり取りの末にいわゆる「出し子や受け子」の勧誘を受けたいくつかのアカウントは、SNS上では一切「闇バイト」を匂わせる文言を用いていなかった。 このことが何を物語っているか。たとえ騙されていたとしても「闇バイト」だとわかって人々が応募していたのは過去の話となりつつあり、今後は、全く闇バイトだとわからないまま「仕事」に勧誘される人が増える、ということだ。 「融資」「日払い」などのキーワードを検索する人たちは、やはり金や仕事に困っている人々に違いないが、犯罪に手を染めようか迷っている人たちとは違う。ただ、これまで犯罪とは無縁だったような人でも、切羽詰まって精神的に弱った状態につけこまれ、個人情報を吸い上げられた挙句脅迫され、犯罪に加担させられたり、海外に送られたりする可能性は、今後高まると予想する。 どんな相手だろうと騙して誘拐 現在は、仮想身分捜査の導入によってSNSを利用した闇バイト募集は減っているように見えるかもしれない。だが結局、リクルートにSNSの活用は欠かせないので、トクリュウ側は今後もSNSであの手この手を使ってくるはずだ。 もちろん、こういった悲観的とも言える観測はあくまで筆者の見解に過ぎない。だが、東南アジアを拠点とする詐欺事件の取材を続ける大手紙記者も、その可能性を否定しない。 「東南アジアに拠点を置く中国系詐欺の大規模集団が摘発されて以降、彼らと手を組み犯罪を行っていた日本人、いわゆるトクリュウと呼ばれる人々もどんどん摘発されています。最近、中国人俳優が”映画の撮影”と言われてタイへ渡ったところ拉致されてミャンマー北部の特殊詐欺拠点に監禁され、3日後に救出された事件がありました。中国では数年前から、騙されて東南アジアの拠点へ連れて行かれ、特殊詐欺に従事させられる被害は出ていましたが、犯罪だと露見しづらいよう無名の一般人がターゲットだった。どんな相手だろうと騙して誘拐することに、詐欺集団はなんら抵抗を感じなくなっている」(大手紙記者) なんとも恐ろしく荒々しい話である。ゼロコロナ政策以降、俳優などの仕事が極端に減っているという中国のお国事情も関係しているかもしれないが、有名人であっても誘拐するのが詐欺集団だ。最も、この俳優に単純な詐欺行為を強制させるのではなく、別の詐欺的な事案の「広告塔」に仕立てようとしていたのかもしれない。 「闇バイトには気をつけている」「自分には関係ない」そう思っている人が、巧みに誘い込まれるのが今の特殊詐欺事情だ。そして、摘発されても、次々に新展開を見せるのがトクリュウによる犯行だ。有名でも無名でも、金持ちでも貧乏でも、どんな人であってもトクリュウの罠に落ちる恐れが等しく待っている、そんな絶望的なフェーズへ移行している気がしてならない。