芸能と無縁の記者が押し寄せて会見混乱…「美空ひばり死去」大報道の舞台裏 “一面トップ”をめぐる大手紙の事情

 1989年6月24日未明、美空ひばりさんが死去した。享年52。一時代を築いた歌手の訃報に、日本はたちまち大騒ぎとなる。東京都目黒区の自宅前に押し寄せた報道陣や、一面トップで報じた朝刊、テレビ・ラジオの追悼番組など、26年前の“大報道”ぶりを覚えている向きは多いだろう。  それまでの一般紙が一面トップで伝えた訃報といえば、昭和天皇や元首相の大平正芳氏。そこに「女王・美空ひばり」が加わったことは様々な議論を呼んだ。今回はこの大報道の舞台裏、報道現場の混乱ぶりを当時の「週刊新潮」で振り返る。 (全2回の第1回:引用部分はすべて「週刊新潮」1989年7月9日号「芸能紙が唖然とした『美空ひばり』死去大報道『異聞』」より。人名、肩書き、年齢は掲載当時のものです。文中一部敬称略)  *** 【写真】自宅前に人がぎっしり! 押し寄せた報道陣、一面トップの大手紙、レコード店の「ひばりコーナー」…懐かしのフィーバー 報道関係者は200人、周囲は大混乱  まずは目黒の「ひばり御殿」前の様子。あるフリーの芸能記者は「週刊新潮」に対し、現場の混乱ぶりを明かしている。24日午前2時ごろに「ひばりが死んだらしい」と聞き、雨の中どうにかタクシーを捕まえ、現場に着いたのは午前3時に近い時刻だった。 1979年6月、新宿コマ劇場公演での美空ひばりさん。当時42歳 〈「すでに毎日新聞などは着いていて、玄関にでっかい脚立を立てて、その上に記者が座っていました。ほぼ私と同時にTBSが着き、読売新聞がその後に来ました。報道関係者は、最終的には200人くらいになりましたが、現場はもう大混乱でしたよ。(中略)家の向かいは大使館なんですが、その塀によじ登っている者もいたし、狭い中で押し合いへし合いしていたので、カメラマン同士の喧嘩もあちこちで起こっていました」〉  芸能とは無縁の社会部記者も多く、朝5時から始まった記者会見は大混乱となる。 〈「最期を看取ったのは?」「和也です」「和也さんって?」「息子です」「えっ、息子さんがいらしたんですか!」「養子縁組をしました」「和也さんのご職業は?」「副社長です」「お勤め先は?」「ひばりのプロダクションです」「その名前は?」といった調子で、説明にあたったコロムビアの担当者もあきれ果てていたという。〉 3月末頃から本腰を入れていた毎日新聞  各新聞社の内部でも大騒ぎとなり、死去を一面トップで毎日・読売・東京、まったく触れなかった朝日・産経・日経などに分かれた。現場に真っ先に到着していたという毎日新聞は、学芸部長の加藤順一氏(当時)が「ひばり死去報道」の経緯をこう明かしている。 〈「専従班を組んだわけではありませんが、学芸部の記者を3人、通常の仕事の合間にひばりさんに関する情報を集めさせていました。ひばりさん死亡の第一報が噂として入ったのは、当日の0時30分に非常に近い時間です」〉 〈「ひばりさんの病状については、今年の初めごろから気にかけていたのですが、特に注目しだしたのは、済生会福岡総合病院から順天堂大学病院に転院した3月。21日には、ラジオにも出演したわけですが、すぐまた再入院。これで、おかしいと思い、本腰を入れてマークしだしたのです」〉  読売新聞の担当デスク、田中敏樹氏(当時)によると、第一報が入ったのは0時30分すぎのこと。 〈「ひばり担当の芸能記者から、“ひばりが死んだようだ”という電話がありました。その時点では確定的ではなかったので、“裏を取ってくれ”と指示を出し、記者2人を病院に走らせました。ところが、病院側は固く口を閉ざし、その裏取りがなかなかできない。時刻は一時半に近づいていく。やきもきするばかりでした」〉 あっさりと“特オチ”を認めた朝日新聞  現在は有名無実化しているが、日本新聞協会には印刷に回すデッドラインの時刻を申し合わせた「降版協定」がある。 〈「すでに出来ていたものと、死亡記事を入れたものと、2通り紙面を用意して待ちました。ようやく裏が取れたのは、協定の数分前というギリギリの時間。いやあ、もう冷や汗ものでした。各社の朝刊が出てから、朝日新聞さんが落ちている(編集部注:訃報を掲載していない)のを見て、どうしたんだろうな、と思いましたよ」(田中氏)〉  協定時間を過ぎて死亡記事を突っ込んだ社があるとも囁かれた。要するに、朝日新聞は協定を厳密に守ったという話だが、朝日新聞の広報担当、秋庭武美氏(当時)は、あっさりと“特オチ”を認めていた。 〈「今回は、全くの“特オチ”です。最終的な確認がとれなかったというようなことではなく、午前1時半という時間には、情報を全くキャッチできていなかったことは確かです」〉 偉大な歌手だが「バランスがおかしい」?  ともあれ、24日の各紙は「ひばり死去」の大報道。毎日と読売は、朝刊で一面のトップと社会面、夕刊では社会面を含めた4面を「美空ひばり」で埋めつくした。特オチした朝日も、夕刊では遅れを取り戻そうとするかのように一面トップで大見出しとカラーの写真を掲げ、他に4面もの追悼記事。 〈この大報道には、さすがのスポーツ芸能紙も唖然。「一般紙がこれほど大きくとりあげるとは思っていませんでした。スポーツ紙顔負けですよ。随分、積極的にやってくれたなあという感じです」と、報知新聞の担当者が言えば、デイリースポーツも、「本当に驚きました。一般紙があれだけ書いたから、逆にスポーツ紙も張り切ってやれたというところもありますね」〉  大報道の背景には、「昭和が終わった89年に国民的歌手が逝った」というタイミング的なものもあるだろうが、疑問の噴出は避けられない。「どう考えても一流紙が一面トップで扱うような記事じゃない」と「週刊新潮」誌上で断言したのは、慶応大学の生田正輝名誉教授(当時)。 〈「美空ひばりが偉大な歌手であり、戦後の芸能文化に大きな役割を果たしたことは、私も認めるところです。ただ、私の言いたいのは、あの記事のバランスの問題です。一面トップにふさわしいのは、世間全般に対する影響がある場合、実際の生活に大きなインパクトを与えるような場合でしょう。一歌手の死について、あれだけ大きく扱うというのは、どうも納得できませんね。世界に目を向けて、お隣の中国情報に比べてみると、何と日本は平和ボケしていることかと思いましたよ」〉 「所詮はこんなもの」vs.「彼女は昭和史」  84年に朝日新聞を退社した評論家の百目鬼恭三郎氏は、さらに手厳しい。 「朝の6時前からNHKが流しているのを見て、“こりや、ダメだ”と思ったんですよ。まあ、一般紙がクオリティーペーパーだといっても、所詮、文化度はこんなものだということでしょう。芸能人に限らず、人気さえあれば祭り上げて、英雄をこしらえてしまう。それは、戦時中に“軍神”を祭り上げたのと、何ら変わっていませんね。そして、その対極にリクルートがあるわけで、一方では悪人をこしらえて、徹底的に叩くんですよ」  それでは最後に、批判に対する各社のコメントを。 〈「一面トップに出たことは、別に不自然ではないと思いますよ。その日その日のニュースの中で、相対的に一番ニュースバリューのあるものがくるのですから」(毎日)〉 〈「ひばりさんは、単なる歌手なんかじゃありません。私どもは、彼女を昭和史として扱っています」(読売)〉 〈「紙面でどの程度の扱いにするかは、他のニュースとの兼ね合いで決まること。しかし、それよりも何よりも、美空ひばりは日本人にとって、昭和と共に存在した忘れられない歌手でした。それを紙面に反映させたんです」(朝日)〉  ***  第2回【「美空ひばり」死去で米国工場まで稼働させたレコード会社、葬儀中継は“争奪戦”…ファンも「金に糸目はつけない」大フィーバーの裏側】では、死去に伴い関連商品がバカ売れした現象の知られざる裏側、かつて「ひばり公演」が定番だったコマ劇場の反応などを伝える。 デイリー新潮編集部

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