39歳女性、独身主義が 綾瀬はるか(40)が主演するNHKの新作ドラマ「ひとりでしにたい」(土曜午後10時)が話題になっている。制作統括は「虎に翼」(2024年度前期)などを手掛けた同局ドラマ部門のエース・尾崎裕和氏(44)で、テーマは「終活」や「老後」「孤独死」。激辛の風刺劇に仕上がっている。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】 *** 【写真を見る】綾瀬はるか あらわになった“谷間”…ドラマでは見せない際どいショット、艶々した色白の肌を引き立てる「大胆ドレス」 綾瀬が扮している主人公は山口鳴海。39歳で独身。東京都が運営する美術館に学芸員として勤め、最近買った単身者用マンションで、魯山人と名付けた猫と一緒に暮らしている。 綾瀬はるか 趣味は3人組男性アイドルの応援。交際相手がいなくなってから10年経つが、それでよかった。 「週末お互い仕事で疲れているのに、ぶっちゃけデートとか面倒くさくない?」(鳴海) 結婚は考えたことがない。鳴海にとっての3種の神器は「自由な生活」「自由な金」「猫」。推しているアイドル以外の男性は眼中になかった。 そんな考えが変わる端緒となったのが、何年も疎遠になっていた伯母・山口光子(山口紗弥加)の孤独死。父親の山口和夫(國村隼)の姉だ。1戸建て自宅の浴槽内で死んでいた。心筋梗塞だった。死後1週間が過ぎていたため、遺体の一部は汁状になっていた。 このドラマはコメディタッチなのだが、鳴海ら登場人物の日常や孤独死の状況は現実味が強い。だから引き込まれる。 死んだ光子は、かつては大手企業に勤め、華麗なる独身生活を送っていた。流行のファッションを身にまとい、自宅内のインテリアも洗練されていた。幼いころの鳴海は「私も伯母さんみたいな大人になりたい」と言い、光子を喜ばせた。 もっとも、光子の死亡時の自宅内は一変。飲み終えたビール缶が散乱し、食べかけの惣菜もそのままになっていた。 書物も何冊かあった。「幸せを呼ぶ習慣術」「成功を引き寄せる行動法則」「ゼロから始める老後資金」。晩年の日々が幸薄かったことをうかがわせた。財産はちっともなかった。 それでも孤独死は避けられたはず。鳴海は不思議に思う。どうして光子と自分の両親は往き来が途絶えたのか? 観る側だってそう思う。鳴海が和夫に光子と疎遠になった理由を尋ねたところ、なんと原因は鳴海にもあることが分かった。 孤独死の遠因 光子は鳴海の母親・雅子(松坂慶子)より年上だった。しかし光子は働いていたこともあって、身なりに気を使っており、見た目は雅子より若かった。 そんな2人を見ていた子供時代の鳴海は、雅子に向かって刺すような言葉を口にてしまう。 「なんでお母さんには白髪があって、伯母さんにはないの?」 それにとどまらず、「お母さんも伯母さんみたいにキレイになってよ」とも口にした。悪気がなくたって、雅子は挫けただろう。 雅子にトドメを刺したのは光子だ。親切ごかしに「雅子さん、私の美容院、紹介しましょうか?」と持ち掛けたものの、直後にこう言った。 「あー、でも子供がいると大変か、専業主婦じゃあ。美容院に行くにもいちいちダンナの許可取ったり、大変だろうしね。パートに出てみたら? 自由に使えるお金があるって、いいわよ」 光子は雅子と会うたび、マウンティングをしていたのである。これが付き合いの途絶える一因になった。鳴海は光子側に付き、2人の冷戦を煽っていたから、罪深い。 2024年に孤独死した人(自宅で亡くなった1人暮らしの人)は全国で7万6020人。うち死後8日以上過ぎてから発見された人は2万1856人いた(警察庁調べ)。 1人暮らしの人は全国に2100万人以上いて、しかも増え続けているから、孤独死は誰にとっても縁遠い話ではない。しかし、親戚付き合いと結び付けて考える人はそう多くはないのではないか。このドラマの視点は新しい。 もっとも、光子のマウンティングだけで付き合いが途絶えるはずがない。いくら嫌な相手でも雅子が義姉の光子を遠ざけるのは難しい。 疎遠になったのは光子のほうから離れていったから。雅子もマウンティングしたためである。初孫の自慢を繰り返した。 鳴海には聡(小関裕太)という弟がいた。20代でまゆ(恒松祐里)と結婚し、翔(加藤侑大)という息子をもうけた。一方の光子は会社を定年退職し、仕事という拠り所を失っていた。 雅子の言葉も光子に負けないくらい嫌味だった。 「もぉー、孫がいると賑やかで困るわぁ」 もちろん困っていない。光子に翔の写真を何枚も見せながら、うれしそうに自慢し続けた。 それだけでは終わらなかった。雅子は積年の恨みを笑顔で吐き出した。 「たった1人で静かに老後を過ごせる光子がうらやましいわぁ」 これもウソなのは言うまでもない。 脚本は朝ドラ「あさが来た」(2015年度後期)などを書いてきた大森美香氏(53)。この朝ドラではヒロイン・今井あさ(波瑠)や姉・はつ(宮崎あおい)に対する姑・菊(萬田久子)の執拗な嫁いびりを書いた。そもそも名手だが、親族間の確執を表すのに長けている。 一方、雅子の逆襲に意気消沈した光子に対し、追い討ちをかけたのが鳴海の冷淡な態度だった。子供のころには「私も伯母さんみたいな大人になりたい」と言いながら、高校生くらいになると、ろくに挨拶もしなくなった。ありがちな話だ。 鳴海の心も自分から離れたと知った光子は、「アタシにはもう何もない。あとは死ぬだけ」と弱音を漏らす。結局、その通りになってしまった。 和夫は光子の死を全く悼もうとしなかった。 「結婚もせず、子供も産まないで、1人で好き勝手しているから、最後にバチがあたったってところかな」 死者にここまで手厳しい言葉を浴びせるドラマは珍しい。だが、実際にはあっても不思議ではない。 和夫の言葉に鳴海は反発し、捨てられそうになっていた光子の遺品を引き取る。もっとも、反発したのは光子への同情からではない。自分も独身で好き勝手にしているため、悔しくなったのだ。 「結婚しないで子供も産まないって、そんなにバチ当たりなわけ?」 1人で死にます その考えを180度変えたのは遺品の中にあったピンク色の電動機器。女性用の大人の玩具だった。そうとは知らず、職場に持ち込んでしまい、同僚の松岡陽子(岸本鮎佳)にキモがられる。鳴海本人も悲鳴を上げた。この辺も現実味か。 光子は死後も和夫に迷惑がられ、最後には赤の他人の松岡にまで不快に思われてしまった。鳴海は「1人で死にたくない」と痛感するようになる。紙に「ひとりでしにたくない」と書き、壁に貼った。ひとまず目標を立てる人らしい。 となると結婚するしかないと考え、無料婚活アプリを始めた。松岡は「そういうのって怪しくないの」と心配したが、鳴海は聞く耳を持たない。そういう人でもある。マッチングアプリがスポンサーになっている民放ではまずお目に掛かれない場面だった。 事実、アプリは怪しかった。登録直後に1人から連絡があったが、外国人の実業家と自称する国際ロマンス詐欺師だった。それ以外は連絡が来ない。 鳴海は首を捻る。自己紹介欄で趣味をアイドルとしているのが「イタいのか」と思った。あるいは学芸員という職業が「得体が知れないのかも」と考えた。 だが、どちらも違うらしい。そう教えたのは20代前半の同僚・那須田優弥(佐野勇斗)である。都庁から出向してきたエリートだ。 「山口さんのスペックで無料婚活アプリ登録しても、男こなくないですか。30代の男は20代しか行かないし、40代の男も平気で20代狙いますからね」 厳しい。だが、ここからの言葉がもっと辛辣だった。 「そこに40歳手前で飛び込むなんて。需要がないどころか、裸で戦場に飛び込むようなものですよね」 視聴者からの抗議など恐れていないといった場面だった。さすがは「虎に翼」で米国の原爆投下は国際法違反とする原爆裁判を再現した尾崎氏である。ドラマ全体から伝えるテーマやメッセージに自信があるからだろう。 那須田の厳しい言葉は続いた。那須田から結婚の動機を尋ねられたので、鳴海が「将来の安心のため……」と答えると、「令和になって7年って知ってます? 結婚すれば安心って、昭和の発想でしょう」と一笑に付されてしまった。 完膚なきまでに言い負かされたあと、鳴海は目標を変える。 新たに「ひとりでしにたい」と書いた紙を壁に貼った。やっぱり目標を立てるのがすきなのである。ただし、光子のように孤独死するつもりはない。そのためにはどうすればいいのか? 39歳の終活が始まった。 重いテーマばかり扱われているものの、それぞれの会話にユーモアが通底していたり、鳴海がアイドルの動画に合わせて踊りながら本音をぶちまけたりするから、全体的にポップ。綾瀬のコメディエンヌとしての才能が存分に発揮されている。 30代から楽しめる終活ドラマである。 高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ) 放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。 デイリー新潮編集部