9月の世界選手権東京大会の代表選考会を兼ねた陸上の日本選手権(読売新聞社後援)が7月4〜6日、東京・国立競技場で行われる。 2007年大阪大会以来、18年ぶりに日本で開催される世界選手権への切符をかけた白熱必至の決戦を前に、大会アンバサダーを務める男子棒高跳び日本記録保持者の沢野大地さん(日本大学スポーツ科学部准教授)に、独自の視点から注目している「推し選手」を聞いた。(聞き手・西口大地) 高レベルのハイジャンプ…赤松諒一の引き出しの多さ ——沢野さんが今大会、特に注目している選手は? 「私が専門とした跳躍種目というところでは、日本の走り高跳び界が今すごいレベルにある。6月24日時点の世界ランキングを見ると、東京世界陸上のターゲットナンバー(各種目の出場人数枠、男子走り高跳びは36人)圏内に6人が入っていて、誰が日本選手権で勝つか、3番以内に入るかによって、最大3枠の代表争いの行方が大きく変わってくる。その中で、やはり実績を作ってきた赤松諒一(西武プリンス)が頭一つ抜けているなという気がしています。去年の3月に、疲労骨折していた左足小指を手術して、それでもパリ五輪で5位入賞を果たした。しかも自己ベスト(2メートル31)をマークしての入賞で、大舞台で力を発揮する能力を持っています」 ——いくら優れた自己ベストを持っていても、日本選手権や国際大会でなかなか力を発揮できない選手もいる。赤松選手が大舞台で力を発揮できる要因はどういうところにあるのか。 「自分がどういう状態であっても、こう身体を動かせばいいという、引き出しの多さが強みだと思います。赤松君はパリ五輪に向けては、(手術後に)跳躍練習を1回しかやってない。ほぼイメージトレーニングで(入賞できる競技レベルに)持っていったということは、自分の中に全てその引き出しがあるからこそ発揮できるわけですよね。跳躍種目において、オリンピックや世界陸上のような最重要試合に技術練習をほぼしないで行くなんて、本来あり得ない。でも、それをやってのけたということは、それだけ彼自身の中に走り高跳びで高く跳ぶための運動感覚がかなり確立されつつあるのかなという気はしています」 ——それでも、この種目で最大3枠を争う代表争いを勝ち抜くのは容易ではない。 「2022年世界選手権8位入賞の真野友博(九電工)や23年世界選手権代表の長谷川直人(サトウ食品新潟アルビレックス)に加え、若手では原口颯太(順天堂大)ら勢いのある選手も多く、16年リオデジャネイロ、21年東京の両五輪に出場したベテランの衛藤昂(神戸デジタル・ラボ)もいる。本当に高いレベルで力が拮抗しているので、バツの数(失敗数)をどれだけ減らせるか、勝負どころの2メートル27〜29あたりを一発で跳べるかというところが非常に重要になる。世界選手権参加標準記録の2メートル33(の突破)というのも、当日の気象などの条件次第では見えてくると思います」 日本人初の19秒台も見えてきた鵜沢飛羽 ——トラック種目で注目している選手は? 「短距離系の種目で僕が楽しみなのは、男子200メートルの鵜沢飛羽(JAL)。今年の彼の戦い方や、パフォーマンスの出し方というところは、もう圧倒的な部分を感じています。(2003年に20秒03の日本記録を樹立した)末続慎吾も出せなかった、日本人初の『19秒台』もちょっと見えてきているなという気がしています」 ——鵜沢は23年世界選手権や昨年のパリ五輪出場などの実績を重ねてきたが、今季は5月の静岡国際で追い風参考記録(+2.1メートル)ながら20秒05をマークし、同月末のアジア選手権では世界選手権の参加標準記録(20秒16)を上回る20秒12の自己新記録で連覇を達成するなど、一段と飛躍を遂げている。 「鵜沢君を筑波大時代から指導している谷川聡コーチがトレーニング計画を相当綿密に立てて、それを年々ちゃんとグレードアップさせてきた成果なのかなと私は見ています。それほど身体が大きい、力強いパワフルなタイプの選手ではないのですが、あれだけのタイムというのはしっかりとしたトレーニングの裏付けがなければ出ない。どんなトレーニングをやっているんだろうなということも含めて、非常に興味があります」 ——日本では長年、男子100メートルの9秒台争いが注目されてきたが、実は世界的に見ても200メートルの19秒台の方がハードルは高い。 「2003年世界選手権で銅メダルに輝いた末続や、彼とともに08年北京五輪男子400メートルリレーで銀メダルを獲得した高平慎士ら、過去に日本の男子200メートルを引っ張ってきた選手たちと同じ時代に私も一緒に戦ってきたが、その中で、彼らでも超えられなかったとなると相当高い壁なんだろうと感じていました。それでも100メートルで17年に桐生祥秀(当時東洋大、現日本生命)が日本人で初めて9秒台で走り、今季も10秒0〜2台の選手が20人以上もいる中で、日本の選手もそもそもの最高速度を上げるということがかなりできるようになってきていると思うし、それは200メートルにも好影響が出ている。末続が日本記録を出したのも日本選手権の舞台だったので、今大会では22年ぶりの記録更新も期待しています」 3日間で中・長距離2種目に挑む田中希実 ——中・長距離種目ではいかがでしょうか。 「女子1500メートルと5000メートルの2種目にエントリーしている田中希実(ニューバランス)は、おそらく日本選手権であっても、世界を意識した戦い方をすると見ています。1500メートルは6連覇、5000メートルは4連覇がかかっていても、ずっと自分のペースを守って集団を引っ張ると思うので、自然と高速レースになる。彼女の走りは本当に見ていて楽しいし、面白いなと感じますね」 ——1500メートルと5000メートルの両立は、日程的にも非常に厳しい挑戦となる。 「初日の4日に長距離の5000メートル決勝を走って持久的な疲れがたまった中で、5日に中距離の1500メートル予選、6日に決勝を戦わなきゃならない。どういうリカバリーをするのか、興味がありますね。レース後はマッサージを受けるのか、アイシングはどうするのか、何時頃に就寝して何時間の睡眠をとるのか……。特に気になるのは食事ですよね。持久系種目に必要なエネルギーとなるグリコーゲン(糖質)を初日から5000メートルで使ってしまうわけで、その後はどう補っていくのか。本当に興味は尽きませんね」 ——5000メートルには、長期の故障で昨年の大会を欠場した同世代のライバル・広中璃梨佳(日本郵政グループ)もエントリーした。 「ライバルの存在は大きいですよね。広中さんも5月のアジア選手権1万メートルでは、大雨でレースが途中で中止となり、翌日にもう一度レースをやり直すというハプニングに見舞われながらも、30分56秒32の好タイムで銀メダルを獲得したというところで、状態が戻ってきている。この二人の戦いは、本当に楽しみですね」 前売りチケットを販売中 日本選手権の一般前売りチケットは「チケットぴあ」で販売している。どの席種も当日券より500〜1000円安い価格に設定され、平日開催となる4日(金)のA席(自由席)は1500円で購入できる。また、グラウンドレベルで迫力のある観戦が楽しめる新席種「親子プレミアムシート」(小学生以上、中学生以下の子供とその保護者が対象)などの数量限定特別券も販売。詳細は、日本陸上競技連盟ホームページ内の日本選手権特設サイトへ。