いま、世界中で蔓延して実際に政治や社会に影響を与え始めている「陰謀論」。 いったい、陰謀論はどこで生まれるのでしょうか? そして、なぜ信じてしまうのでしょうか? 6月19日発売の『となりの陰謀論』(講談社現代新書)著者である慶應義塾大学教授の烏谷昌幸さんが、現代世界を蝕む病の正体を解き明かします。 (※本記事は、烏谷昌幸『となりの陰謀論』の一部を抜粋・編集しています) パラレルワールドとの邂逅 ソーシャルメディアの普及によって陰謀論の日常化が進むことで、さながらこの現実社会の中にパラレルワールド(並行世界)が出現したかのような状況が生まれてきました。 人間同士、意見や考え方の食い違いが生まれることは当たり前のことですが、陰謀論がつくり出すパラレルワールドの住人とは、まるで異なる時空を生きる者同士であるかのように、現実に起きている基本的な事実を共有することさえ容易ではありません。 筆者がこのパラレルワールドの存在に気づいたきっかけは、第1章でも触れた1・6襲撃事件でした。 あふれんばかりの暴徒に議事堂が襲撃される衝撃的な映像が全世界に配信されました。そして、視覚化された襲撃事件の映像において、ひと際メディアの注目を集めたのがジェイク・アンジェリでした。顔にペイントをして上半身裸、バッファローの被り物をしていた「バッファロー男」のことだといわれれば思い出す人も多いかもしれません。彼は「Qシャーマン」という異名を持つ熱烈なQ信者でした。 彼だけでなく、議事堂襲撃の様子を映し出す映像にはQのシンボルを身につけたり、掲げたりしている人たちが大勢いました。そのため、1・6の衝撃は陰謀論集団Qアノンへの関心を世界中で大いに高めることになったのです。 2016年を境に「フェイクニュース」は既にメディア研究で注目のキーワードになっていましたし、陰謀論についての話題も徐々に増えていることは何となく理解していました。しかし、このQアノン関連の情報を追いながら、筆者はこれまで見聞きしてきたものとは根本的に異質で得体の知れない世界がそこにあるのを感じました。 Qアノンが待望した「嵐」 1・6襲撃事件の後、「ナンシー・ペロシが逮捕された」という情報がツイッターのトレンドに入ったことが話題になりました。民主党議員で下院議長であったペロシが逮捕されて、米軍による軍事裁判にかけられるというのです。もちろん、これはデマでした。あまりに突拍子もない話題に驚いた多くの人は、首を傾げながら、一体誰がこんなデマを信じるのだろうかと当惑しました。 しかし、「ペロシ逮捕」の知らせに歓喜する人たちがいたのです。たとえば、マスコミが伝えない「中国の真実」を伝えると標榜するユーチューブチャンネル『月刊中国』(当時のチャンネル登録者数は14・6万人)では、ジャーナリストを名乗るインフルエンサーが「ペロシ逮捕」について語っていました。 このインフルエンサーの説明と個々の動画の下に並ぶ大量のコメントを読みながら、筆者は初めてQアノン陰謀論における「嵐」という考え方について知ることになりました。 「嵐」というのは、ディープステートと呼ばれる「闇の政府」の悪人たちが一斉に検挙されて粛清を受ける一大イベントのことです。Qアノンの世界観の中では、リベラル系の民主党議員やメディア企業、グローバル企業や大手製薬会社、ハリウッドのセレブたちが密かに繋がって「闇の政府」をつくっていると考えられています。 この「闇の政府」の考え方だけを聞くとただの荒唐無稽な話にしか思えませんが、トランプが現役大統領であることがこの陰謀論に命を吹き込みました。トランプは、実は「闇の政府」を一網打尽にするために水面下で戦っていて、軍と繋がって好機が到来するのを待っているのだと考えられていました。「闇の政府」の連中はトランプの動きを警戒しており、だからこそリベラルメディアはトランプを執拗に攻撃するのだと思われていたのです。 Qアノンは、「闇の政府」が何を恐れているのかを推理し、リサーチして突き止め、その「真実」を世の中に発信していくことこそが自分たちの役割だと信じ、そうやって戦う自分たちのことを「デジタル兵士(ソルジャー)」であると考えていたのです。 英雄トランプが大統領として「闇の政府」を一網打尽にするXデー、つまり「嵐」が到来する瞬間はもう目前まで来ているのだということを、Qは予言めいた口ぶりでアノンたちに向けて言い続けてきました。2017年にQが出現し、およそ3年の間、もうすぐ「嵐」が来ると信じ続けたアノンたちにとって、トランプが全米に大号令をかけて2021年1月6日にワシントンDCにトランプ支持者が結集した瞬間は、まさに「嵐」到来の決定的瞬間に思われたのです。 多くの人がアメリカの民主主義の危機的瞬間が訪れたと驚きをもって議事堂襲撃を凝視しているあいだ、Qアノン陰謀論の信奉者たちは遂に悪が裁かれる「嵐」の瞬間が来たことを喜び、祝福し、大歓声をあげていたのです。1・6襲撃事件は、まさに水面下で蠢いていたパラレルワールドが多くの人の視界の中に一気に迫り出してきた瞬間でした。 なぜ「陰謀論」を信じてしまうのか…「陰謀論が支配する社会」という最悪のシナリオを回避するために「知っておくべきこと」