シャンシャン・リーリー・シンシンを運んだ阪急阪神エクスプレスの専門チームが明かす、「動物輸送」の舞台裏

1972年に日中国交正常化を記念して贈られたパンダ、蘭蘭(ランラン)と康康(カンカン)の輸送から、上野動物園のジャイアントパンダ輸送をすべて手がけてきた株式会社阪急阪神エクスプレスは、動物専門のチームを持つ動物輸送のパイオニア的な存在です。 動物園からのブリーディングローンによる動物輸送に関して、上野動物園から中国へと渡ったシャンシャンやリーリー、シンシンの時のお話もからめながら、同社の東日本輸入営業部 営業二課の小林 大起さんと、課長の南 節(みなみ たかし)さん(取材当時)にお話をうかがいました。 「大きいと大変」動物輸送の難易度 同社は、関西ではおなじみの阪急電車を運行する、阪急電鉄株式会社のITS部(International Transportation Service)としてスタート。1948年にIATA(国際航空運送協会)より、我が国初の航空貨物取扱代理店認定を受けました。そして1950年代に、駐留米軍関係のペット輸送を請け負ったのが同社の動物輸送のはじまりです。 ーー動物輸送を担当されるのはどういう方々なのでしょうか。その業務内容もあわせて教えてください。 小林:いまは、私と南がいわゆる動物担当です。動物輸送には、航空会社や輸送のトラック会社などと、さまざまな調整が必要になりますので、私たちが窓口に立って対応します。動物専門というよりは、輸送専門という形で携わっています。 チームでの業務内容としましては、動物園や荷主様との日程調整、それから航空機や国内陸送のトラックの手配と輸出入の通関や書類の手配など多岐に渡ります。検疫や厚生労働省への申請などは、国によって規制などが違いますので、書類の申請には労力がかかります。 ーー動物輸送に関して必要な資格などはあるのでしょうか。 小林:動物輸送に関しての特別な資格というのはありません。ただ、国際的な輸送に関しては、社内で国家資格の通関士を持っているものはおります。私たち営業と社内の業務チームが協力して、業務をこなしている形です。 ーー 1 つの輸送に、だいたい何人ぐらいの方が関わりますか。 南:プロジェクトによって変わります。たとえば、シャンシャンのときは、現場をまとめるコーディネーター的な役割を私と小林が担当し、あとは社内の通関担当者が3〜4 名。国内陸送の関連会社が3〜4 名。この時期は、ほぼこの案件の専属みたいな形になります。 ほかにも、当社だけではなく、航空会社の担当の方がだいたい2名ほど、こちらも専属で数ヶ月ほど担当していただきます。ですので、延べ人数で言えば30〜40人規模になるかと思います。今回のリーリーとシンシンの場合もそうでしたが、それだけの人数が関わらざるを得ないという形ですね。 ーーこれまで、パンダやコアラなどさまざまな動物を運んで来られた御社ですが、動物によって輸送の難易度は変わるのでしょうか。 小林:難易度は動物によって全然違います。例えばゾウの場合は旅客便には載せられないため、チャーター便を手配する必要があります。やはり大きな動物は大変ですね。あとは、運ぶ際に温度帯の指定があることも。 さらに同じ動物でも、季節によって条件が違うこともあります。今回のパンダ(リーリーとシンシン)の場合は、9月下旬でまだ気温が高い時期でしたので、長時間外で待たせられない状況でした。案件によって、その時々で条件が変わるため、その都度ゼロから確認して対応しています。 (リンク参照:https://www.hh-express.com/assets/images/sales/service/animal-transportation202411.pdf) プロも「泣きそうになった」リーリーとシンシンの輸送 ーー大きな動物はむずかしいと言うことですが、パンダはいかがでしょう。パンダ輸送ならではの苦労や、他の動物と違うと感じたところがあれば教えてください。 小林:パンダはやっぱり人気度が違います。事前にニュースにもなりますし、特に上野動物園のパンダというと人々の関心が高いので、メディアへの対応が必要になってきます。普段はあまりそういったことがないので、非常に大変です。 ーーだいぶ神経を使う案件なのですね。書類などの手続きにはどのくらいの時間がかかるのでしょう。 小林:入札で取り扱いが決定した後、いろいろと調整や確認が必要になります。日程調整から始まり、書類の準備からメディア対応なども含めて、実際の輸送まで数ヶ月から1年以上掛かることもありますね。 ーー2024年のリーリーとシンシン帰国時は、発表がとても急だったのですが、その時も早くから準備は進められていたということでしょうか? 南:パンダの返還時期は、来園当初からだいたい決まっていますので、それに合わせて動物園側も準備はされていると思います。 ただ、今回のリーリーとシンシンに関してだけは、ちょっと異例でした。もともとは2026年の協定期限までの返還を予定していたのですが、パンダに高血圧が見つかり、中国の保護センターの方も早めの返還を希望されたため、予定を前倒しにしたという背景があります。本来1 年くらいかけてやる予定だった準備を、非常に短い期間でやることになりました。 ーー現場は大変だったでしょうね。 南:泣きそうになりましたね。本来は、だいたい実施日の 1 か月前から隔離検疫に入るということもあり、だいたいそれを目途に、発表なり最終観覧のご案内をされるのが通例なのですが……。今回は飛行機のチャーター便が、なかなか確定できなかったこともあり、最終観覧実施日の発表もギリギリになってしまいました。 パンダを載せる航空機は、普段運航している航空機材をチャーター用にして運航しますので、輸送は空きがあるときに限られてしまいます。しかも、貨物専用機自体の数も少ないので、それをチャーターすることができる航空会社も、必然的にかなり限られてくるのです。 歴代パンダの輸送による実績 ーー上野の歴代のパンダ輸送で得た学びや気づきで、シャンシャンやリーリー、シンシン輸送の際にいかせたものがあれば教えてください。 南:私も小林も、実質的にパンダを担当させていただいたのは、前回のシャンシャンからになります。引き継ぎは当然ありますし、手続きや申請に関しては、長年の実績が蓄積されています。 シャンシャンの時はコロナ禍で輸送が4〜5回延期されたという事情がありました。さらに、リーリーとシンシンも当初の予定より、前倒しになりました。物と違って生き物の輸送ですので、すべてが予定通りというわけにはいきません。 こういう事態に柔軟に対応するために、いままで積み重ねてきたものが非常に役立っています。航空会社がある程度融通をきかせてくれる場合もありますし、そういう意味では、長年の積み重ねが現状に繋がっているのかなと思います。 国ごとに違う飼育員搭乗の条件 ーーパンダの輸送にはいつも飼育員さんが同行していますが、同行する、しないの基準は何かあるのでしょうか? 小林:その判断をするのは我々ではありません。基本的には荷主様の判断になります。 ーーなるほど。荷主側の判断なのですね。飼育員さんが同行する場合はどのような手続きが必要となるのでしょう。 南:飼育員さんを搭乗させるための許可は、航空会社が所属している国によって違います。日本だと国土交通省が管轄している全日空や JALなどの航空会社によって、同乗するためにどういう手続きが必要なのかが変わってきます。 シャンシャンとリーリーとシンシンを輸送するときに使用した順豊航空(SFエアラインズ)は中国の航空会社なので、それを管轄する中国民用航空局の規定によって、飛行機に乗るための手続きや条件が決まっています。それにそった条件をクリアしてから、同乗のための手続きを行うという流れになります。 “デコトラ”を使わない理由 ーー中国についてからの陸送では、いわゆるパンダの“デコトラ”に乗って凱旋することが多いのですが、御社が使用していない理由があれば教えてください。また、動物園の方から、静かに運んで欲しいなどの要望があったりはするのでしょうか。 南:動物園からはっきりとした要望はないですね。ただ、前回(リーリーとシンシン)を例に挙げると、作業自体を早朝に行っています。ひとつはパンダが暑さに弱いと言うことで、涼しい時間帯の作業を第一優先としていますが、シャンシャンの時は昼間のフライトだったこともあり、動物園出発時や成田空港到着時に報道機関がかなり来ていましたし、輸送中にも追っかけのような方々もいらっしゃいました。 そういったこともあり、パンダをいかに安全に確実に輸送するかということを最優先して、トラックの装飾などは行わずに、できるだけ目立たず安全に輸送しています。 まるで国賓!香港でのパンダ輸送 リーリーとシンシンの輸送の数日前、同社の香港法人が香港のアミューズメントパーク「海洋公園(オーシャンパーク)」に2頭のパンダの輸送を担当しました。このとき実際に輸送に携わった、香港法人のマネージングディレクター 吉田 祐介さんに、この時のエピソードをうかがいました。 ーー中国の成都から香港のアミューズメントパーク「Ocean Park」まで、2頭のパンダ安安(アンアン)と可可(ココ)の輸送をサポートされたのですね。 吉田:私たちがパンダを扱うのは初めてでした。政府案件ということで、半年くらい前にはオーシャンパークから話をいただいていたのですが、最終、政府の許可がなかなか下りなくて。 許可が下りて、正式に受注となってから、輸送に必要な専用のオリを3つ準備しました。オリは成都の業者に仕様を伝えて現地で準備をして、それを香港へ持ってくるという変則的な形となりました。 そして、到着の2週間前にリハーサルを行いました。実際のターミナルにつけて、オリに似たような箱を作り、当日担当する人間がそれを養生してトラックに積みこむところから、実際の道を通ってデモをしています。 目的はもちろん、安全に輸送するためのルートの確定作業です。あとは現地でも非常に注目度が高く、おまけに政府の案件でしたので、先方は警備や先行車の運行ルートなども決めておかなければならなかったんです。 ーーこういうリハーサルは、通常でも行われることがあるのでしょうか。 普通はリハーサルはしません。今回は現地での歓迎セレモニーもありましたので、先導車の動きや到着時間の管理が必要だったんです。到着してからだいたい何分後くらいで現地に入れるのか、またトラックが入る入り口についても事前に関係者が知りたかったのだと思います。 ーーこの日は高速道路や一部の一般道で、交通規制のために50台以上の警察バイクが導入されたのだとか。まるで国賓のような扱いを受けた2頭は、隔離検疫と順応期間を経て、同年12月から無事に公開が始まりました。 飼育員さんとのお別れ……動物輸送ならではのエピソード ここからは、みなさんの動物輸送に関して、印象に残ったエピソードを聞きました。 ーーこれまでに携わった動物輸送で印象に残ったエピソードなどがあれば教えてください。 小林:私も今年から、見習いとして動物輸送に携わることになり、2024年10月に中国へのトキの輸送を経験しました。空港へ朝一の搬入ということで、前日の夕方に佐渡島を出発。フェリーで新潟港まで向かい、そこから羽田空港まで徹夜で陸送し、朝の5時頃に羽田空港に搬入したんです。 貨物だとそういう場合は、前日に搬入します。でも、動物輸送で運ぶのは生きた動物ですので、時間に関係なく動くのだなということが、最初の経験として心に残っています。 吉田:私が印象に残っているのは、コロナ禍の最中に香港の海洋公園(オーシャンパーク)から、大阪の海遊館にカワウソを運ぶプロジェクトに参加したときのことです。夜の12時くらいだったと思うのですが、3名くらいの飼育員さんが見送りにこられていて。最後にみなさん泣きながら、カワウソたちとお別れしていました。何年もかわいがってきたものが手からはなれるのですからね。初めてそういう場面を見て、私もちょっと思うところがありました。 南:やはりそれぞれの動物に、毎回飼育員さんとの思い出があります。特にシャンシャンの時などは、最後に航空機に搭載されるとき、飼育員のみなさんが泣いていたのが、非常に印象的でした。我が子のような育て方をされていたので、やっぱりさびしいというのがあるんだろうなと思いました。 あとは、もう 20〜30 年前になりますが、神戸市立王子動物園のパンダ・初代コウコウを中国へ返す手配を担当したんです。そのときに、オリのすき間から見えたコウコウの目がなんとも悲しそうに見えて。ちょっとかわいそうに思ったのをよく覚えています。昔は今のような厳密でなく、割とすき間が広い、または中が見えるような輸送箱を割と多用していたので、動物の姿も見やすかったんです。 ーーどんな場面でも、やはり別れは切ないものなのですね。近年はこういった大型動物の輸送っていうのは少なくなってきていると資料で拝見したのですが……。 南:コロナ禍では検疫上などの問題で、外国間の動物輸送はかなり制限を受けました。さらに、ブリーディングローンで貸し借りできる種自体が、かなり減ってきているとも伺っています。特にゾウなどは、もともとの生息地であるインドやミャンマー、スリランカなどでも絶対的な個体数が減ってしまい、外国の動物園に貸せるほどの余裕がないそうです。 もうひとつは大型種の場合、航空機を1機チャーターしなければならないため、かなりの輸送費が掛かるんですね。そのあたりで、各団体や国の負担が大きくなっている部分も影響しているようです。 生物以外も運びます ーー過去の資料を拝見すると、いろいろなものを運んでおられますね。中にはゾウの骨格やワニの卵などもあったりするんですが、そういったものも扱われるのですか? 南:最近では盲導犬の精子をイギリスから冷凍して持ってきたこともありました。盲導犬に向いている血統みたいなものがあるようで、その精子を日本に持って来て繁殖させると言うお話でした。 ーー去年なくなった、神戸市立王子動物園のパンダ・タンタンも剥製になって中国へ帰るという話があるのですが、その輸送も、もしかしたら以前同園のパンダを運んだ御社が担当されるかもしれないですね。 南:そうですね、タンタンは当社の輸送で神戸へとやってきましたので、母国である中国への輸送についても、当社で手配させていただけるとありがたいですね。 ーー日本に来たときと同じ手配で帰れるのですね。帰国されるのはさびしいですが、みなさんのお話をうかがっていたら丁重に扱っていただけそうで、少し安心しました。(※取材時タンタンの剥製は、まだ日本にありました) 動物輸送を行う意義とその未来 ーー最後に、動物輸送に関しての御社の思いや、これからのビジョンを教えてください。 南:動物輸送は輸送関連ビジネスと言うよりは、社会貢献という部分が大きな面をしめております。利益団体ではない公共的な動物園や団体に関しては、こちらも可能なかぎり利益度外視で対応させていただくというところは、多分この先も変わりません。私たちには、上野動物園のパンダ輸送をすべて担当したという自負もございますので、この先も貢献できるようにしていきたいですね。 また、これまでは日本の発着が中心でしたが、今回お話しした香港のように、海外での輸送環境も整いつつありますので、今後はグローバルな部分でのご協力をしていく形になると考えております。 ーーただ運ぶだけではなく、社会貢献活動の一環としての絶滅危惧種の保護や、生物多様性の保全を輸送という形で担っている同社では、リーリーとシンシンの来日を手がけた2011年度より、ジャイアントパンダの保護と繁殖研究支援を目的とした「ジャイアントパンダ保護サポート基金」への支援を継続しています。 上野動物園西園パンダのもりの近くには、ジャイアントパンダの生態や、リーリーシンシン来日時の輸送の様子が紹介された「ジャイアントパンダ普及啓発ボード」も掲げられていますので、パンダに会いに行った際にはぜひ見てみてくださいね。 「タンタンのこと、忘れないで」神戸市立王子動物園の飼育員さん2人が語った…パンダのタンタンと過ごした「最後の夜」のこと

もっと
Recommendations

会見中に倒れた広沢一郎・名古屋市長、退院し公務復帰…6月の休み1日だけ「体調管理も仕事」

定例記者会見中に倒れて、入院していた名古屋市の広沢一郎市長(6…

トランプ政権、ハーバード大を「公民権法に違反」認定…和解協議から一転し資金打ち切ると警告

【ワシントン=中根圭一】トランプ米政権は6月30日、ハーバード…

【SMILE-UP.】  故ジャニー喜多川氏による性被害への補償 560名が補償内容に同意・556名に補償金を支払済み

SMILE-UP.社が公式サイトで、故ジャニー喜多川氏による性被害への補償…

【選挙の日、その前に】「物価高」「子育て」?あなたは何を重視して投票?石破総理 与党で過半数超えの目標設定「これでもかなりキツい」総理が新興政党警戒のワケは?【news23】

7月20日に行われる参議院選挙では、止まらない「物価高」が大きな争点…

刃物で刺され…「サンシャインシティ」に入る法律事務所の従業員が死亡

1日正午前、東京・豊島区にある複合施設「サンシャインシティ」に入る…

19歳女性殺害 前日言い争う声 逮捕の男と女性の間に男女間トラブルか 愛知・豊田市

愛知県豊田市のマンションで19歳の女性が胸を刺されて殺害され、交際…

世良公則氏が参院選出馬へ 出演のNHKドラマ「チョッちゃん」が選挙期間中は放送休止

ミュージシャンの世良公則氏(69)が1日、参院選(3日公示、2…

【速報】池袋サンシャインの法律事務所で50代ぐらいの男が刃物で30代男性の喉など複数回刺す 男性は搬送後死亡 男を殺人未遂の疑いで緊急逮捕 警視庁

東京・池袋の複合施設「サンシャイン60」に入る法律事務所内で、30代…

【 ソニン 】 日本と韓国のミュージカルの違いについて語る 「お互いやっぱり交流もありつつ刺激もしながらっていうのが、すごく唯一無二の関係性だなと思って」

女優のソニンさんが、韓国ミュージカル ON SCREEN「エリザベート」ト…

サンシャイン60で従業員刺され死亡 逮捕の男「気づいたら刺していた」

警視庁巣鴨署によると、男性は病院に搬送されたがまもなく死亡が確認された

loading...