大きな注目を集めたフジ・メディア・ホールディングスの株主総会は、投資ファンドの提案が退けられ、会社側が提案した11人が取締役として選任される決着となった。フジの“完勝”ともいえる舞台の裏には、同社を支える「安定株主」の存在があったわけだが、世の上場企業の間では、その重要性が軽視されてはいまいか。昨今の「持ち合い解消」の動きに、『株式投資の基本はアクティビストに学べ プロの投資に便乗する「コバンザメ投資」の始め方・儲け方』を上梓した企業防衛のプロが警鐘を鳴らす。(鈴木賢一郎/IBコンサルティング代表取締役社長) (前後編の前編) *** 【写真を見る】いかにも遊び人…オンラインカジノに1億円以上ぶちこんでいたフジテレビ「ぽかぽか」プロデューサー 注目されていたフジ・メディア・ホールディングス(フジMHD)の定時株主総会が2025年6月25日に開催されました。SBIホールディングスの北尾吉孝会長兼社長ら取締役候補者12名の選任を求めて株主提案をしたダルトンは「自分たちの候補者が1名でも入れば劇的勝利だ」と喧伝していたものの、結果は北尾氏ですら27%の賛成率を取ることができず敗北しました。 株主総会はフジの“完勝”で決着 実はこの勝負、フジMHDはすでに4月上旬時点で勝利を確信していたものと考えられます。なぜなら、この時点で安定株主の比率を把握できていたからです。 株主総会での議決権が確定するのはフジMHDの場合3月末になるのですが、その株主名簿があがってくるのがだいたい4月上旬です。フジMHDのようなテレビ局は放送法で外国人株主の議決権が20%未満に制限されており、20%以上に該当する外国人は名義書換を拒否されます。この名義書換を拒否された外国人株主の株数によって、期末の総議決権が変わり、総議決権に対する安定株主比率が遅くとも4月上旬時点で把握できることになります。 フジMHDの名義書換を拒否された株式の単元数は2024/3期末が410,657単元に対して、2025/3期末は82,771単元と減少。これに伴い総議決権の数は1,778,332個から2,020,694個へと増加し、開示書類で確認できる安定株主比率は2024/3期末約42%から2025/3期末約40%へと減少しました。 このように“微減”という結果にはなったものの、依然としてある程度の安定株主が存在していると確認できたことから、フジMHDは「安定株主が安心して当社を支持できるようなガバナンス体制・経営改善策を公表すれば株主提案に負けることはない」と4月上旬時点で確信していたと考えられるわけです。 安定株主をもたらす「株の持ち合い」は“罪”なのか では安定株主とはいったいどういう存在なのかというと、おおよそ「長期間にわたって株式を持ち続け、経営陣を支持してくれる株主」のことです。一般的には、取引先企業や金融機関などが該当します。 安定株主は、上場会社の株式を取得していても、機関投資家や個人投資家のように株価の上昇(株式投資で儲けること)を期待しているわけではありません。取引先企業であれば、長期間にわたって自社製品を安定的に仕入れてもらうことなどを目的に、金融機関(取引銀行や生命保険会社、損害保険会社など)であれば、銀行借入や保険取引を安定的に行ってもらえるように、株式を保有しています。これらの株主は、株主総会での議決権行使の際には経営陣が行った提案に対して賛成票を投じてくれる存在です。 こういった安定株主の中でも無視できないのが「株の持ち合い」によって株主になっている企業の存在です。具体的な取引はないけれども、お互いの中長期的に安定した経営基盤を確立することやアクティビストの株式取得・株主提案に備えるために、企業間で行われるのが「株の持ち合い」です。 この持ち合いに対して機関投資家は、「経営者の保身である」「会社の財産を寝かしている」とかねて批判しており、昨今では持ち合い株式を多額に保有している会社の経営トップの取締役選任議案に反対することもあります。こうした傾向を受けて、昨今上場会社は持ち合い株を削減する動きを見せており、安定株主比率が減少しているのですが、それによってアクティビストの活動を勢いづかせている面もあると言えます。 私はこのような持ち合いの一方的な解消に対して強い危機感を持っています。そもそも上場会社は何ために古くから持ち合いをしてきたのでしょうか?機関投資家に言わせれば「経営者の保身」と映るのかもしれませんが、仕事柄数多くの上場会社の経営陣とお話をしてきた経験から述べると、大半の経営者は持ち合いをする理由を「会社を守るため」と考えているという実感を私は持っています。 強欲なアクティビストからわが社を守るには 会社を守るとはどういうことか。 たとえば昨年、村上世彰氏が関与する投資会社や村上ファンド出身の丸木強氏の投資会社が、「ニューヨーカー」「ブルックスブラザーズ」といった有力ブランドを持つアパレルメーカー、ダイドーリミテッドの株式を取得しました。すると村上氏らは、本業のアパレル事業が赤字で立て直しが必要とされる状況の中、潤沢な不動産を背景とした大規模な株主還元を要求。その結果ダイドーリミテッドは、総額130億円規模の株主還元を実施すると公表したのです。 報道によると、村上氏がダイドーリミテッドの経営者に対して「株主還元をしないならTOBをする」と通告したことでダイドーリミテッドの経営者が折れ、大規模株主還元の実施に至ったようです。 もちろん、このようなTOBの通告に経営者は屈するべきではなかったし、毅然とした態度で「会社の成長投資に使う資金まで株主還元にはまわせない」と主張すべきだったと私は考えますが、一方で経営者にも生活があります。突然TOBを実施されクビになる可能性や、TOBによって会社を支配され、過激なリストラで従業員をも路頭に迷わせてしまう可能性などを考えると、株主の主張に屈するしかなかった経営者の気持ちもわかります。 投資家にとっては、賛否どころか「否」しかないように思える持ち合いによる安定株主対策ですが、一時的な高配当・高還元によって株価を急騰させて売り抜けてしまうような一部の株主への対抗策として機能するのは事実です。 ちなみに村上氏や丸木氏の投資会社は、大規模株主還元を公表した翌日に、すべての株式を市場で売却しダイドーリミテッドから立ち去ってしまいました。成長投資にまわせたであろう資金を株主還元に使ってしまったダイドーリミテッドのこれからの経営を、彼らはもう気にすることはないでしょう。株式を売ってしまった以上、彼らはダイドーリミテッドとは何の関係性も有しませんし、興味もないわけです。一方で残されたダイドーリミテッドの経営者、従業員、取引先、資金を貸し付けている銀行といったステークホルダーは、厳しい業績と向き合い続けることを余儀なくされています。 私は短期的な利益を得ること自体は全く否定しませんが、今後の本業にかかるかもしれないコストや投資、経営の中長期的な安定性を一顧だにしない、一部の極端に強欲なアクティビストのみが満足するような短期的手法による株価急騰策には賛成できません。そのような事態に陥らないよう上場会社はいまいちど、極端な株主還元策を求めるアクティビスト対策として持ち合いを考え直すべき時期に来ていると思っています。 〈後編の記事【「持ち合い解消」の落とし穴 会社を食い物にするアクティビストからわが社を守る“本当の方法”】では、持ち合い解消によって上場企業がさらされる様々なリスクやなどについて詳述している〉 鈴木賢一郎(すずき けんいちろう) 1997年野村證券入社。引受審査部、IBコンサルティング部などを経て、2016年に独立し株式会社IBコンサルティングを創業。野村證券時代から買収防衛を得意とし、ドン・キホーテによるオリジン東秀の買収、スティール・パートナーズによるブルドックソースの買収案件などで「防衛」に導いている。現在は、平時における企業防衛体制の構築や、有事における企業防衛戦略の実行、IR戦略、アクティビスト対応など、経営にまつわるコンサルティング業務に従。著作に『敵対的M&A防衛マニュアル』(中央経済社)、『株主総会判断型の買収防衛策』(旬刊商事法務No.1752)など(両者とも共著)。最新刊は『株式投資の基本はアクティビストに学べ プロの投資に便乗する「コバンザメ投資」の始め方・儲け方』(朝日新聞出版) デイリー新潮編集部