AI時代の医療はバラ色という楽観論への疑問 現役医師が懸念する「AIが教えることができないこと」とは

 AIの進歩が著しい昨今、医療分野でも今後さらに積極的に活用されていくのは間違いないだろう。膨大な医学的知識や事例をもとに、瞬時に「正解」を導き出してくれるのならありがたい。 【写真を見る】医学部の教授たちが「学生たちに教えていない」と、言ったこととは  だがそこには、我々患者にとっても無関係ではいられない、新たな問題もついて回る。  特に、AIを前にして、実際に治療にあたる「医師」たちの考え方が変化していくだろうことは想像に難くない。  肉体を持たないAIによる教育を受けた医師たちは、一体どのような死生観を持つことになるのだろうか。  長年、多くのがん患者の治療に携わってきた医師、里見清一氏は新著『患者と目を合わせない医師たち』で、AIが進化した未来の診察現場についての考察を述べている。現役医師が予測する未来像を見てみよう(以下、同書より抜粋・再構成したものです)。 AI時代、治療にあたる「医師」たちの考え方が変化していくだろうことは想像に難くない (※写真と記事本文は直接関係ありません)  *** 「人は必ず死ぬ」ことをどう教えるか  医者が中心となっている現代の医療は、「人間は死なない」前提に立って、というのが書き過ぎならば「人間は死んではいけない」なるドグマのもと、「諦めず、命を延ばす」を至上命令として歪んできた。先日ある研究会で講演を頼まれた際、私は医学部の先生たちに対し「今、医学部では、人は必ず死ぬということを教えているのか」と問いかけた。後からわざわざ、「確かに、教えていないと思う」と率直に答えて下さった教授もおられた。 誰も書かなかった「医者の本心」と「病院の実態」。若手医師への疑念、「患者様」の無理難題……。ベテラン臨床医が明かす医療の内実 『患者と目を合わせない医師たち』  医学生からすれば、私の感覚や死生観なんかに構ってられないのも無理はない。なにせ覚えることが多過ぎて、「人はいかに死ぬのか」なんて、答が出ない問題に関わっている暇はないのである。とにかく「正答」を頭に詰め込んで試験に合格し、医師免許を取らなければ話にならない。患者を治療するのに必要な医学知識の量は、私が大学に入学した1980年には7年で倍になっていたが、2020年には75日未満で倍に増えていると推定されているのだそうだ。アメリカの医学生(4年制)が最初の3年間で勉強したことは、彼らが卒業した時に世の中に存在する医学知識のわずか6%にしか過ぎない計算になるという。  医学部の教授たちと話すと、私などとは桁違いの苦労をされているのがよくわかる。知識量の爆発的増加一つとってみても、それは我々の世代と量的ではなく質的に違う。加えて、「かつて自分たちが教わったやり方」を踏襲するのはもはやできない。 トロッコ問題に人間は明快な「正解」を出せていない。むしろ正解が出せないから人間なのだろう  ある超名門医学部の外科教授に伺ったが、臨床実習で回ってくる医学生たちは様子からして心配になるようなのが多く、理由を考えてみたら、パンデミックの影響で解剖実習をやってないと思い当たったそうだ。生身の死体(変な言い方だが)と格闘せずに机上で得ただけの知識で、臨床に立ち向かえるのだろうか。  その先生は、「学生は、体調が悪ければ休むように言われているので、すぐに休みます。研修医に至っては、手術が続いていても、夕方5時には帰宅を促すことになっています。研修医に必要なのは肉体的・精神的タフさなのに、なんて言うのは時代遅れでしょうか」と嘆いておられた。みんな、「働き方改革」に合わせるのに四苦八苦である。  山本五十六は「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ」と言っている。だがその「させてみせ」にしても、最近の病院では権利意識向上によって「研修医に処置されたくない」なんて患者が増えてきた。大学の先生方はもう一つ頭が痛いことだろう。 AI時代の医者たち  これだけでも、「これから世の中に出てくる新人医者」が、良かれ悪しかれ我々と違う人種になるのは容易に想像できる。多分それは、大昔から言われ続けた「近頃の若いものは……」とは別の、本当に質的な違いになるのではないか。そしてまさにそのタイミングで、救世主か悪魔かわからないまま降臨したのがAIである。膨大な情報を整理し活用するには人間の限界を突破し、AIに頼らねばならないのは自明のようだが、そうするとどうなるか。  オハイオ大学のクーパー先生らによると、医学の歴史では、テクノロジーはそれまでの医療を「助けた」のではなく、医者の考え方そのものを作り変えてしまったという。聴診器の発明によって、それまでの身体診察のあり方が変わり、そこから医者が「診断を探っていく人」となっていったそうだ。最近でも、情報を収集し記録していくそのやり方によって、医者の考え方そのものが変化しているのだということである。  クーパー先生らは、AIによって医学生が教育されるようになると、そこから質的に違う「医者」が出てくるのではないかと懸念している。そもそもチャットGPTによって最初からすぐに「正解」が提示されるのなら、医者が「勉強する」意味はあるのか。また倫理的なジレンマに悩む代わりに、なんだかよくわからないブラックボックスから出てくるAIの「決定」を、医者はそのまま受け入れるようになるのだろうか。  自動運転の技術は完成の域に近づいているが、これを実際に導入しAIに運転させるためには、「トロッコ問題(前の5人を撥ねとばすのを避けるためにハンドルを切って、脇の1人を犠牲にすることは許されるか、など)」のような倫理課題をクリアしないといけないとも指摘されている。だが考えてみると、トロッコ問題に人間は明快な「正解」を出せていない。むしろ正解が出せないから人間なのだろう。  一方で人間は、一旦「答」を提示されるとそれに引きずられる。アメリカの研究では、救急外来で呼吸困難を訴える患者の治療中に、誰かが「心不全らしい」という言葉を出してしまうと、肺血栓塞栓症など他の病態を診断するための検査が遅れてしまうと報告されている。根拠は乏しくとも「心不全」が先入観になってしまうのである。  膨大な医療情報を整理し「正しいこと」を教えていくのに、AIは有用であろう。ただ「正解」先にありき、は我々世代の医者と明らかに考え方が違う。  クーパー先生はしかし、すでにパンドラの箱は開き、医学教育へのAI導入は避けられないだろう、我々が避けたら、強力なテクノロジー会社が営利目的でやってしまうだろうと警告している。  私は、AIは将来の医者に対して、「人間は必ず死ぬということ」、もしくは「救命を諦めること」を教えられるのか、疑問に思っている。そして、それはAIに教えてもらわないといけないことか、というもっと大きな疑問を抱いている。 デイリー新潮編集部

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