時代は“安心”胸キュン? 令和の少女漫画、「悪役ゼロ」でもヒットする理由

街の女性をスケッチした人気SNS投稿でも知られ、時代を俯瞰しながら「人」を深掘り、リアルな人間模様を描き続けてきた、漫画家・柳井わかなさん。柳井さんが専門とする少女漫画の世界で今、ジワジワと起きている「地殻変動」が、「脱・悪役」志向の、安心して読める作品のヒットだ。 【写真をみる】キャンプ場のシーンで笑顔を見せる八村倫太郎 今夏ドラマ化され現在放映中の、柳井さん原作『シンデレラ クロゼット』には、最初から最後まで、人を傷つけるようなヒール役は一切出てこない。都会の大学生活を夢見て上京してきたものの、きらきらとした世界になじめずにいる主人公・春香と、偶然出会った「女装男子」光(ひかる)。現代の若者の「等身大」を捉え、登場人物それぞれの成長を描く物語は、読者から「毒気がない」「安心してキュンキュンできる」とも評される。 運命を変えた「師匠」との出会いや、ブレイクスルーのきっかけとなったSNS発信など、柳井さんが漫画家としてたどってきた道とは--。本作で描きたかったこと、背景にある思いをひもとき、ヒットの理由を探る。 令和の自己肯定感 Z世代の心つかむ“否定なき”ポジティブ変換 本作で描かれる大きなテーマは、「自分を好きになる」こと。きれいになって自信を持ちたいと思いながらもなかなか実現できずにいる春香と、女装やメイクを「美しいものが好き」というシンプルな理由でさらりとこなし、自分らしく生きる美容専門学生の光。柳井さんは「作品の連載が始まったのが2019年で、その数年前からMe Too運動が始まったこともあり、漫画界だけではなく音楽や映画の世界でも、作品に対する表現の仕方が変わってきているなと肌で感じていました」と当時を振り返る。 以前から、作品を生み出す中で「自己肯定感」にフォーカスを当ててきたという自覚はあった。「このタイミングで、女の子の自己肯定感をテーマにした作品を出すのは良いことだと感じました」と話す。その頃、Me Tooなどの動きとともに、自らをありのままに愛し受け入れるムーブメント「ボディーポジティブ」にも共感。「例えば自身を『ブス』と称していても、決して自虐的な言い回しはしないYouTuberの方などを見ていて、それが前向きなんですよね。そういう新しい方たちが発信しているのを見て、すごく共感しました」と、作品にも影響を与えたと言う。 昭和生まれの柳井さんが、現代の若者に対して感じているのは、自身の若い頃とは違う自分を守る「戦い方」だ。「氷河期世代でもZ世代でも、根底にある『嫌だな』と思っていることは、皆同じだと思うんです。私の世代では、自分をあえて否定することで、自分を守るような戦い方もあったと思うのですが、今は自分を肯定すること、つまり『否定しない』というポジティブな言い替えで、戦うことができるということに気付きました」。本作にも、その「ポジティブ変換」を取り入れたところ、「みんなにも読んでもらえるようになって、こういうやり方があるんだなと思いました」と、手応えを感じた。 「すごく王道ストレートな場面展開でも、『令和っぽい』考え方で進めると、新しくなるのかもしれないなと思いました。それと同時に、平成と令和の間でOKとアウトの線引きもはっきりしてきた中で、アウトにはならないさじ加減については、ヒヤヒヤしながらやっていましたね」とも語る。「王道なキラキラ少女漫画だとは思います。ただ、分かりやすいだまし合いや駆け引きめいたような展開は、あまりありません」と、「令和っぽさ」も頭に置きながら本作を育て上げた。 「女の子は0歳から100歳まで」 “全員いい子”なキャラクター設定のワケ 悪役が登場しない、「安心して」読めるストーリーについては、「1巻を描いた時には、最初はまだそこまで意識はしていなかったです」と話す。読者のレビューを読み、「確かにそうだなと思い、皆さんの読み心地が良いのであれば」との思いから、より意識的に、ポジティブな描き方へと舵を切った。 作中には、春香憧れの黒滝先輩の元カノとして、人気インフルエンサーのミオリンや、光に片思いする同級生・シウ(ドラマ内での設定名は「桐谷周」)などが登場し、複雑な恋愛模様も交錯する。「女性の自己肯定感をテーマにして、女の子のために描いているものなのに、ライバル関係に位置する子だからといって悪く描くようなやり方は、絶対にしたくなかった。私にとっての女の子は、0歳から100歳、もしかして120歳、つまりおばあちゃんになるまでです。その『女の子』を取りこぼさないぞ、という気持ちで描いていました」と明かす。「女の子のための物語だから、女の子だけは絶対に守る。救う要素を何かしらちゃんと入れて終わらせる」と強い信念を持ち、「ヒール役ゼロ」の物語を完成させた。 柳井さんが本作で「守り抜いた」女性たちだからこそ、彼女らが思いを寄せる男性に「悪い人はいない」という構図も、悪役のいないストーリーを成立させている。同時に、漫画家として譲れない信念も。「この世界にいると、例えば分かりやすい敵役や『嫌なやつ』を出さければいけないような空気感もあります。話を進めるために出さなければいけないような、そうした役については、『人間、そんなに単純じゃないよね』とずっと思ってきました。嫌なことをしてしまう人にも、みんな事情があるはずだと思うと、そんなに『スカッと』した展開は描けません」と話し、女性のみならずリアリティーに欠ける人物像は、これまでも描いてこなかった。 街行くおしゃれ女子をスケッチ インスタ投稿が作品誕生のきっかけに 担当編集者が「柳井先生は出来事というよりは『人を描いている』という意識が強いです」と語ると、「そうですね。私の場合、『少女漫画を描くぞ』と思ってやると、何故か空回りして、結果的にスベった作品になりがちで…」と続ける柳井さん。「単純に苦手なのかもしれません。例えば『こういう風に動かのすがいい』と言われても、その人の行動理由を考えて違うとなると、描けません」と、直感に従ってきた。 「人」の行動を見て考える。その行動が「バズ」を呼んだのが、柳井さんが数年前に始めたインスタグラムでのイラスト投稿「街で見かけたかわい子ちゃん」シリーズ。街なかで見かけた女性をスケッチし、柳井さんならではの視点で女性が身に着けるファッションアイテムの特長やおしゃれポイントなどの直筆コメントを添える。 「描いた時間は本当に一枚5分ぐらいなんです。私はずば抜けて絵がうまいわけでもないし、イラストが上手な方はSNSにもたくさんいるのに、『なぜこれが?』と思った時に、描いた『内容』が良かったんだろうなと思いました。その時は深くは考えてはいなかったのですが、単純に炎上したくないという理由で、否定的なことを描くのはやめようと思ったことも、良かったんだと思います」 イラストを投稿するうちに、フォロワーは数万人単位で増加。「漫画でも同じ手法でやってみたらいいんじゃないか?」と手応えをつかんだ。「当時の担当さんからも、次のネタはファッションに関わるものがいいんじゃないかと言われたんです」と、ファッションに「強い」と分かったことが後押しとなり、『シンデレラ クロゼット』誕生につながった。 描きたかった「ハイヒールの痛みを知る」男性像 具体的な設定を考える中で、「女の子はファッションが苦手な自己肯定感が低い子、男の子はファッションが得意な子がいい」とのアドバイスを受け、柳井さんが気にかけた「男の子」の設定。「女の子に上から目線で服装などをアドバイスしてくる男性は好きではないので、描きたくありませんでした。ではどういう設定なら許せるのかな? と思って考えたのが、光でした」 「どうしたらいいのか考えて、『ハイヒールの痛みを知っている男』であれば許せる、となったんです。そこから、『女装男子』という設定になったという流れがありました」と続ける。「おしゃれは我慢」という格言もあるように、「ハイヒール」は美しさを求める努力の象徴でもあり、役に説得力を持たせることができた。 “師匠”槇村さとるさんとの出会い 大切にする金言「あなたは時代の子」 小さい頃から漫画家が夢だったという柳井さん。高校生の時に初めて投稿した作品が賞を取り、大学4年生の時にデビュー。「そこからは、にっちもさっちもいかなくなりました。デビューはしたものの、もう『フリーターでいい』と親に宣言して、アシスタントを含めいろんなところをかけ持ちしながら、隙間を見つけて読み切りを描いて発表して、という生活をずっと続けていました」と、順風満帆ではなかった当時の漫画家生活を振り返る。 転機は、昨年デビュー50年を迎え、今も最前線で活躍する漫画家・槇村さとるさんとの出会い。「槇村先生のところにアシスタントとして入ったのが27、8歳の時です。デビューしてから数年間、なかなかうまくいなかったタイミングで先生のアシスタントになって、本当にそれがなかったら今頃どうなっていたか分かりません」と語るほど、柳井さんにとって大きな出会いだった。 「先生が私に問いかけてくださったことは、すごく本質を突いてくる感じでした。自分の中にある考えを言語化することなど、そこで訓練させてもらったことが今もすごく活きているなと思います」と尊敬の念を絶やさない。槇村さんが当時語っていた、柳井さん“らしさ”についても、金言として胸にとめている。 「アシスタント時代、『あなたは今の時代を生きる現代っ子だよ』というようなことを、おっしゃっていただいたんです。『時代の子だから』と。今の時代に合った考え方をしているから、それを生かした方がいい、というようなアドバイスだったんだろうなと思います」と、その真意に思いを巡らせる。「今でも、先生の言葉を大事にしています」 槇村さんからは、「『世代でものを見る』という考え方を身に付けた方がいい」とも言われたという。「その時々の感覚だけではいつかズレてしまうときが来てしまう。ある程度、俯瞰(ふかん)して物事を見られるようにならないと、長くやっていくのは難しいという先生なりの教えだったと受け止めています」と話す。 自身のことを「頑固」と表現する柳井さん。「漫画家になる夢も、やりたくないことも、頑固に持ち続けてきました」という「頑固さ」の一方で、「時代の子」というニュートラルな感覚も持ち合わせる。インスタグラムがブレイクスルーのきっかけになったことは「突然変異です(笑)」とも。 少女漫画家として、「女の子のために」という強い思いも込めた本作のドラマ化については、「もう本当に、シンプルに楽しみです。撮影現場も見学させていただき、『尊敬しかない』と思いました。作品を作り終わったら、あとは受け取った方たちのものだと思っているので、自由に、好きに見ていただきたいです」とコメントを寄せる。

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