大ヒット映画『国宝』で存在が強烈すぎると話題の田中泯が語る…修験者の霊地で身に染みた言葉以前のオドリ

公開3週目で国内ランキング1位を獲得(2025年6月20日〜6月26日興行通信社調べ)。売上げ・観客動員数ともにトップ独走中の邦画『国宝』。そこで脇役ながら田中泯さんの放つ存在感が、観終わっても頭から離れないという感想がネットに飛び交っています。 ダンサーとして世界的に活躍しつつ、俳優としても注目を集めている田中泯さん80歳の近刊エッセイ『ミニシミテ』から抜粋。ここには、自らの生き方がいさぎよいほど赤裸々に語られています。 『大ヒット映画『国宝』で存在が強烈すぎると話題の田中泯が語る…年齢を忘れワイヤーアクションに挑んだワケ』より続く。 修験者が集う霊地でオドる つい先程まで威勢よく降っていた雨がやんで杉の巨木から滴り落ちる雫の音が眼にも耳にも心地好く連続する。巨木の並木に誘われてある参道の坂道は2キロ程先にある神社の奥社に向かい傾斜を激しく変えながら厳しく続く。膝を大きく持ち上げなければ踏み上がれない。同じ足はこびの通用しない石の不連続非定形の階段だ。 古(いにしえ)には修験の人々が集うていた山、霊地の参道、因(ちな)みに社の御神体は拝殿奥の岩穴の暗闇でかすかに聞こえる水滴の石に当たっているであろう音そのものだ。すべての思考を包摂する麗しき神だ、と僕は晴れ晴れしく思ったものだ。 長野県飯山市小菅、この地に15年以上前から幾度か足をはこび場踊りを記憶した。すべては縁ではあるが長野県屈指の豪雪地帯である小菅の人達との交流で僕は人の体熱を自然に感知抱擁する心を学んだように思うのだ。 ……参道に立ちそのままカラダの内側を頭から下に向かって順に日常のざわつきをすべて足下に押し流してゆく。薄い草履の下の大きな石、雨で濡れた石に感覚が届く。周囲の風景と空気そしてその刻々のなりわいが感覚となって僕のカラダに訪れる、わずかで小さな音がはっきりとあちらこちらにうごめいている。もうオドリだ、と思えるのだ。口伝えで見に来てくれた人々も同じ静寂に包まれて言葉以前の人の気配でそこに居る。 僕はと言えば、人間という一個の生き物に脱皮した状態でそこに居る、と言えるのではないか、何も準備しないでオドリが動き始めるのを待つ、いや待ってはいない、時間がないのだから。人達の視線がカラダの近くにやってきて僕を多様にする。僕は自分のカラダを様々な位置から、ときには俯瞰できる所から眺めている、可能もへったくれもない、僕は鏡を必要としないオドリ手だ。感覚は言葉から体感に変容し、カラダの外の風景は景色へと深化する。 言葉以前にオドリと遊びはあった すべての感覚は個体間では多様で比べられない。似ているが同一ではない、嬉しいことだ。が感覚は何れ言葉に集約されその多様さは減少する。風景写真を景色写真とは言えない所為だ。言葉も写真も最大公約数を目指しているからだ。 参道でのオドリに話を戻そう。僕が場踊りに執着する理由の中心にオドり・オドることの訳を自分で特定する。このことで僕は人類の一員であることを誇らしく自覚できるからだ。言葉の発明以前の人類が幾十万年もの間、声と音を出すことそしてカラダを動かすことでコミュニケーションをはかっていたことは言わずもがななのだが、同時に他の生物とは比較にならない速さの脳の進化が多様で複雑でそして感覚的な人同士の関係の方法の進化を促した、と僕は思う、そこで現れたのが遊びとオドリだ。 同じ頃、喜怒哀楽の感情も発達する、感情の細密化はオドリをより感覚の拠り所とし多様なものになり同時に真似し合うことで言葉に匹敵する振りが生まれたのでは、と思うのだが、単なるオドリ狂の戯言(ざれ・ごと)かも知らんが、知りたいよぅ〜。ともかくオドリは僕にとって世界を知る為の母体なのだ。飯山・小菅の場踊りは僕をオドリにさらにやさしく引きずり込んだ。あ〜嬉しや。 脳の発達進化の途上で人々の心に起きた不思議 今では日本と定められたこの島の祖先達がまだ文字をもっていなかった頃、「オドリ」という音・言葉があった。オ・ド・リと祖先達が声に出すのを僕の耳で聞きたい、と想う。文字の発達は言葉の充実に不可欠だからこそ、文字以前の「オドリ」に僕は恋い焦がれる。人々がオドリをどんなこととしてとらえていたのか意見を聞きたいのだ。 後に、オドリは表音文字の時代を経て意味を表す表意文字としての「踊り」になる。このとき、人々はどの程度それまでの「オドリ」を文字に集合可能と踏んだのだろうか。オドリにとって決定的な試練の時がこの時だった、と思う。 母音や子音の特定がゆっくりと進み、その組み合わせで言葉が共同で認識され始めた。その頃、人々の身体の中には一体どんな心がうごめいていたのだろう。現在の僕には到底想像できないことごとが人々の日常の身体に起きていたに違いない。現代では本能と呼ばれているような事柄、感情、意識、記憶。不思議だ。これらは今では普通に僕達現代人には備わっているのに、彼の人々には未熟の状態だったと思われているのだ。 脳の発達進化の途上で、人々の心(と呼ぶしか僕には考えられない)の動きの中にオドリの原種と言ってもよいようなことが混ざってはいなかったか、そんな想いが近頃の僕の頭の中ではうごめいている。脳が言葉を扱うようになる以前の話だ。手話もジェスチャーも言葉あっての動作だ。 オドリは「沈黙のコミュニケーション」 縄文時代の土偶の中には女性器からの出産の様を像にしたものが多く出土していると聞く、生命誕生の神秘と同じくその死も又神秘であり驚異の事実であったに違いない。言語脳の発達以前の人間の群を原始的と思う気分は僕には無い。現在でも新生児の生まれてから数年の言語脳の発達と意識の誕生の過程を見れば、幼児期の記憶できていない数年が僕達にとってどれほどの宝であるか言うまでもない。 幼児は差異よりも相似を喜ぶ。幼稚園ではよく見かける風景だと思う、一緒を楽しむのだ。ジャンケンの勝ち負けを分からない幼児が喜々として同じ手を出し続けるのを見たことのある大人は多いはずだ。僕は、昔、オドリの原種だ!と思った。登校下校で列を作って歩かされるようになってしまい、友達と歩調をそろえて歩いていることにふと気が付き、心が温かくなるようなこと、はもう無いか。一緒の瞬間に同じ歌を口ずさんでいる友を確認する喜びも又格別だ。 思えば似たようなことが僕達の日常のあちらこちらに存在しているこれらの「沈黙のコミュニケーション」、沈黙の一緒は、間違いなく言葉以前のオドリの原種だ。オドリは人類の始まりから存在していた、と僕は思う。多くの場合、オドリは一緒を求めていた。差異を表すのはずっと後のこと、身体表現の一種として分類されてからの話だ。時代は常にオドリの流行と共にある。しかし僕達の生命とともにあるオドリは……無くならないだろうか。 【前回の記事を読む】大ヒット映画『国宝』で存在が強烈すぎると話題の田中泯が語る…年齢を忘れワイヤーアクションに挑んだワケ

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