8割が行き詰まる都市再開発 巨額の税金が見通しゼロの「タワマン」「ハコモノ」に…有権者はもっと怒っていい

はたして「ゆゆしき」事態なのか  現在、全国で進められている都市再開発事業の約8割が、完了時期の延期や費用の増加といった問題に見舞われている——。日本経済新聞がそう報じたのは、今年3月下旬だった。それ以後、JR中野駅前(東京都中野区)の中野サンプラザの再開発計画が白紙になったほか、後楽園(文京区)などの都内から、取手(茨城県取手市)や岐阜(岐阜県岐阜市)等々、東京近郊から地方まで、計画変更のニュースが相次いでいる。 【写真を見る】東京23区で家賃値上げラッシュ 2027年に「もう住めなくなる」区はどこか  そうなった主な原因は、資材価格の高騰と人手不足による費用の増加だとされる。多くの記事は、この事態をゆゆしきこととして報じている。だが、本当に「ゆゆしき」事態なのだろうか。むしろ、日本が破滅へ向かわないように釘を刺す天の配剤ととらえ、ここで再開発のあり方を見直すべきではないだろうか。 自治体がディベロッパーの甘言に乗せられ…  というのは、進行中の再開発事業がいずれも、人口急減時代にまったくそぐわない拡大、あるいは膨張型で、再開発エリアは将来の不良資産になるか、あるいは、その周囲を不良資産だらけにするか、どちらかだと思われるからである。しかも、将来のお荷物を増やすばかりの事業のために、自治体や国の補助金、すなわち私たちの税金が莫大に投じられているのをご存じか。  以下に都市再開発のシステムを詳述し、その問題点について考え、これらの事業がいかに時代にそぐわないかを明らかにしたい。 地権者が「持ち出しなし」で済むから  まず、都市再開発事業は着手までのハードルが低い。分譲マンションを建て替える場合は、所有者の5分の4以上の賛成が必要だと、区分所有法で定められている。一方、再開発事業は都市再開発法の規定で、地権者の3分の2以上の同意があれば進めることができる。3分の1が反対しても決行できるのは、それだけ公共性が高い事業だと認定されているからである。  とはいえ、3分の2とは少ない数ではないので、賛成を得るのは簡単ではないはずだが、たいていは賛成が多いようだ。ほとんど「持ち出しなし」で事業を進められ、「得だ」と考える人が多いからだと思われる。  というのも、都市再開発事業は、建物を高層化することで生み出される、「保留床」と呼ばれる新たな床を売却し、得られた利益を建設費に充てることで成立する仕組みになっている。このため、地権者はほとんど費用を負担せず、高層化されたビル内の「権利床」に入居できる。自己負担でビルなどを建て替えるよりも「得だ」と判断するのも、わからないではない。  とにかく「床」を増やすのが前提なので、再開発事業のほとんどがタワーマンションとセットになる。それを建てて売るディベロッパーにとって、メリットが大きいのはもちろんだが、行政もメリットを感じるようだ。高層化したビル内の一部に役所の機能を、低予算で移すことができるし、入居者やテナントが増えれば、一時的に固定資産税などの税収増も期待できる。  だが、じつをいえば、「保留床」だけで「持ち出しなし」にはできない。都市再開発事業は前述のように「公共性」が建前なので、国や自治体からの補助金が投じられ、場合によっては、事業費の半分程度が補助金でまかなわれている。しかし、これから住宅がどんどん余る人口減少時代に、住宅を増やすための事業に公的な補助金が投じられていいわけがなかろう。 人口増加時代のスキームが見直されない  なぜいまどき、こんなスキームで都市再開発事業が進められるかといえば、都市計画法と都市再開発法という、時代遅れの法律が根拠だからである。制定されたのは前者が1968年で後者が69年。高度経済成長の真っただ中に、人口の絶え間ない増加を前提に定められた法律であることはいうまでもない。そこに規制緩和策が加わっている。  最悪なのが、小泉純一郎政権下で進められた規制緩和策だった。小泉政権といえば「構造改革」が旗印で、非正規労働者を激増させた規制緩和が悪名高い。だが、都市再開発に関しても日本を破壊したという点で負けてはいない。  2002年に制定された都市再生特別措置法は、こんな具合である。国から「都市再生緊急整備地域」に指定されると、容積率などの規制が大幅に緩和される。さらに、自治体から「都市再生特別地区」に指定されると、用途地域や容積率などについての規制が、ほとんどすべて除外され、民間事業者が、いわば好き勝手に開発できる。しかも、国や自治体の補助金まで得て開発できるのである。  この規制緩和の建前は、むろん「公共性」にあり、「公共性」の範疇には住宅供給が含まれる。いわば「住宅をつくってくれるなら規制を緩和するので、自由に開発してください」という趣旨の法律なのだが、それが人口減少時代に適合するわけがない。  2024年の出生数(確定値)は68万6,061人で、70万人を割ってしまった。100万人を割って衝撃が走ったのは2016年だが、それからわずか8年で3割も減少したのである。25年の出生数は65万人程度だともいわれる。日本の人口は30年後に1億人を割り込む、という予測があったが、20年後には割り込みかねない。  それなのに、都市再開発事業はいずれも、住宅の供給増とセットになっている。都市再生特別措置法の適用地域であっても、そうでなくても、新たに供給される住宅の戸数が、都市全体や地域のなかでどの程度妥当かという検討は、一切ないまま進められている。 ディベロッパーの甘言の前のめりになる自治体  しかも、国はこの期におよんで、こうした再開発事業をさらに支援している。冒頭で述べたように、資材価格の高騰などで、予定どおりに進まない事業が増えてきた。そこで、国は2022年に「防災・省エネまちづくり緊急促進事業 地域活性化タイプ」という支援制度をもうけた。要は、資金的に行き詰った再開発事業に財政支援をする制度なのだが、これによって、この手の事業の補助金への依存率はさらに高まってしまった。  都市再開発は、現時点で大いなるムダづかいであるだけでなく、人口急減社会においては将来、維持するのも取り壊すのも困難な「お荷物」になるリスクが高い。地権者が「持ち出しなし」で済むとか、自治体の税収が一時的に増えるといった目先の利益を優先して、将来における私たちと子孫の負担を増やしていいわけがない。仮に、その再開発地区は繁栄が続いたとしても、人口急減社会おいては、そのぶん必ず、ほかの地域が過疎化する。  ディベロッパーは、少しでも大きく高いビルを建てたほうが収益を得られる。彼らにとっては、売ってしまえばそれで終わりなので、将来の負担など考えなくてもいい。現在、全国で進められている都市再開発事業の多くは、自治体がディベロッパーの甘言に乗せられ、前のめりになって将来における住民の利益を損ねているという、滑稽だが笑えない構図である。  だが、幸いにも現在、その多くが行き詰まっている。これを機に、人口が増えるのが前提だった時代のスキームで都市を再開発することが、日本の破滅につながる愚行であることを、国も自治体も認識してもらいたい。再開発事業への補助金の投入は、国を滅ぼすために巨額の税金が投じられている、ということにほかならない。有権者が激しい怒りの矛先を向けるにふさわしい大問題である。 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。 デイリー新潮編集部

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