「減反政策」「コロナ禍」「農家の廃業」だけじゃない…令和のコメ騒動を引き起こしたもうひとつの「決定的な理由」

 随意契約による備蓄米の販売開始から1か月あまり。小泉進次郎農林水産大臣は、就任直後から国が所有していた「備蓄米」の放出を続けている。平時100万トンあるコメは、現在残り約10万トンだ。過去に類を見ない備蓄米の大量放出。その背景や影響を生産地目線で取材すると、現場からの切実な声が聞こえてきた。  そこで今回から3回にわたり、昨今起きている「令和のコメ騒動」について、「コメ不足の要因」、「倉庫会社の悲鳴」「生産地と消費地との温度差」という視点から、生産地の流通に詳しい元記者や農家たちの声を紹介していきたい。 【写真を見る】インバウンド? 減反? 街からコメが消えた真相を追跡 インバウンドの影響はごく僅か  江藤拓・前農水相から小泉農水相に代わって以降、随意契約による備蓄米が大量に放出され、スーパーの開店前から長蛇の列をなす多くの消費者の姿が頻繁に報じられてきた。 令和のコメ騒動の真相は?(写真はイメージ)  そもそも、このコメ不足の原因はなんだったのか。  SNSや一部報道でよく聞かれたのが「インバウンドの影響」だ。コロナが明け、外国人観光客が日本に戻ってきた時期、また「大阪万博」の開催とも重なったためか、「日本国内のコメ不足は外国人観光客の急増が原因だ」「外国人が日本のコメを食いつぶしている」といった言説が流れた。  しかし、コメ生産地の流通に詳しい現地の元記者は否定する。 「確かにインバウンドの増加に伴い、外国人観光客によるコメの需要は年々増えてはいるが、消費される量としてはたかが知れている。『コメ不足の主因』と言えるほどの消費量ではない」  実際、農林水産省の資料を見ると、インバウンドの消費量の割合は年々上昇してはいるものの、日本国内の需要量と比べると、2024年でわずか0.77%だ。2025年はさらに外国人観光客の数は増えると予測されるが、たとえ前年の倍に増えたとしても、日本のコメ不足の原因になるほどの影響はないといっていい。 減反政策  現在、コメ不足の根本的かつ最大の原因だといわれているのが、「減反政策」だ。  日本では、主食であるコメの「安定的な供給」は、戦後の人口増加や経済の成長に欠かせない課題だった。その間、肥料や農業用機械の導入など「農業の技術革新」が進んだことで、期待通り生産量は安定した。しかしその一方、日本人の食生活の西洋化に伴い、コメの消費量は減少。欧米からパンやパスタ、ピザといった小麦を使用した料理が入ってくると、コメの消費量は瞬く間に落ちていった。  こうしてコメが余ると、当然値段が下がる。それを回避するために始まったのが「減反政策」だ。コメの過剰生産を抑えて価格の下落を防ぐ政策として、1971年から2017年までの間、日本は約50年にわたって生産調整をおこなってきた。  2018年、この減反政策は“名目上は”廃止にはなったものの、国は麦や大豆、飼料用米を生産する農家への「転作助成金」として年間3000億円前後を計上。水田の約4割を減反するなど実質的な生産調整が続き、結果的にコメの生産量はむしろ右肩下がりになっていった。減反政策の廃止が“名目上”と言われる所以はここにある。  こうした状況に対して、前出の元記者は、「国がコメの生産量を把握できなくなってから、減反政策の意味がなくなった」と指摘する。 「しっかり生産量が把握できていれば、需給のバランスもコントロールできたはず。が、情報管理をしないまま、闇雲に減反政策を惰性のように続けてしまった結果、コメ不足に繋がったのだと思う」 「安いコメ」と「高い小麦」のコロナ禍  国によるコメ生産量の管理・把握ができていない実態は、「コロナ禍」で既に顕著に表れていた。  2020年からの新型コロナウイルス感染拡大により、飲食店やホテルなどは長い期間、時短営業などの自粛を余儀なくされた。すると国内では当然、コメの消費が落ちる。前出の元記者は、当時の取材中、「農水省ではコメが70万〜80万トンぐらい余ると予測しているようだ」という、地元問屋の声を聞いたという。 「その余った分は2〜3年かけて分割して減らしていくというプランだったようです。そのためコロナ禍当初は、余ったコメをどこに置くか、困るほどの状態だった」  ところが2023年5月、コロナウイルスが当時の「2類相当」から、季節性インフルエンザなどと同じ「5類」に移行し、飲食店や宿泊施設の営業が通常に戻ろうとしている頃、予想外なことが起きた。 「これでまたコメの需要が戻って来るぞと、いざ蔵を開けたら、意外とコメがなかったんです」(同)  その理由は「生産者たちの廃業」にある。 「コロナ感染拡大当初、コメは余って値段が下がった。一方、そのタイミングでロシアがウクライナ侵攻による戦争を始め、全体的な物価は上昇。コメ作りに必要な肥料などは価格が倍近くになり、コメ作りを続けられなくなった農家が廃業していったんです。つまり、『これだけ余る』と推定していたコメの量と、その3年の間に農家をやめた生産者の数が釣り合ってしまった。さらに、全体の物価上昇とともに小麦の価格が上昇。安くなっていたコメに需要が集中し、コメが余らなかった」(同)  この農家の廃業には現場の深刻な「高齢化」も影響している。  農林水産省のデータによると、令和6年における農家の平均年齢は69.2歳。過酷な肉体労働のうえ、連年の酷暑だ。収入は時給にするとわずか「10円」というケースもある状況で、農家はいつ廃業しても不思議ではない状況が続いている。  ある大手のコメ問屋は、毎年5%ずつ全国から農家が減っていくと想定しているという。 「コメの生産地にいれば、その危機的な状況がよく分かります。田んぼがボコボコと荒れ地になっていく。年中『あれ、ここも田んぼやめちゃったのか』みたいな光景が年々広がっていくんです」(元記者) 「令和のコメ騒動」  コロナ明けでコメが残っていない——。そんな状況のなか、運悪く起きたのがあの2023年「不作」だった。「史上最も暑い夏」となった同年は、コメの高温障害によって1等米の全国平均比率が59.6%となり、調査が開始された2004年以降、過去最低となった。  さらに翌年の2024年8月8日、宮崎県日向灘で発生した地震で、政府が「南海トラフ地震」発生の可能性を示唆したことで、全国的に不安が一気に広がり、コメの買いだめが発生。価格高騰・品薄をもたらした。  これで一気に在庫が消失。今に続く「令和のコメ騒動」の決定的なダメ押しになったのだ。 コメが店頭に並ばなかったもう1つの理由  一時期、スーパーからコメが姿を消したのは、もう1つ、ある大きな要因があると推測できる。それは、「輸送の混乱」だ。 「コメが獲れる時期は年に1回だが、消費者が食べるのは365日。一度に取れたその米を、世間の動向を見ながら1年間でどう運び流通させるか最初に計画を立てる。そこに、あの緊急放出が決まった。これほどの短期間に大量のコメを運べといわれたら、当然物流は滞ります。ましてや運送業界は『2024年問題』で輸送能力が落ちている。混乱しないわけがない」(同)  スーパーの品薄、という現象でいうと、コロナ禍のなか、「原材料が中国から輸入できなくなる」といったSNSでのデマから始まったトイレットペーパーの買い占めが思い出される。  当時、SNSで流れていた「中国での生産不足」は完全なるデマで、日本の物流倉庫には国内で作られた大量のトイレットペーパーが積み上げられていた。この際にも起きていたのが「物流の混乱」だった。  今回のコメ不足は、このようにタイミング悪く様々な不可抗力が何層も織り重なり起きたものだ。が、国によるコメ生産量の把握・管理や消費者の買いだめなど、人為的な要因のなかには防げたことも多いといえるだろう。  次回は、その備蓄米を保管する倉庫会社の苦しい状況について紹介しよう。 橋本愛喜(はしもと・あいき) フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA) デイリー新潮編集部

もっと
Recommendations

イギリス 子どもへの「女性蔑視」防止教育を実施へ インターネットでの広がり受け対策

イギリス政府は、インターネット上で女性蔑視に関するコンテンツが拡…

「トンネルが10分ぐらいでプールみたいになった」各地で大雨…道路の冠水も 大雨警報発表の静岡では豪雨が帰宅時間を直撃し…【news23】

17日も各地で大雨に見舞われ、京都ではトンネルの冠水も。記者「先ほ…

トランプ大統領 日本に25%の関税発動の可能性が高いとの認識

アメリカのトランプ大統領は16日、日本との関税交渉をめぐり、「日本…

【大雨警報】三重県・度会町、大紀町、南伊勢町に発表 17日01:24時点

気象台は、午前1時24分に、大雨警報(土砂災害)を度会町、大紀町、南…

トランプ大統領 パウエル議長の解任を検討 ブルームバーグ報道

アメリカのブルームバーグ通信は16日、トランプ大統領がFRB=連邦準備…

原爆供養塔の内部を10年ぶりに公開 遺族を待つ7万人分の遺骨

広島の平和公園に建つ原爆供養塔の内部が10年ぶりに公開されました。…

十島村から避難していた小中学生を含む16人が帰島 村は「今後も希望者を順次帰島させる」

地震が続く鹿児島県の十島村から島外に避難している住民の一部がつい…

熊本市西区で一時 約9200戸停電 変電所で火事 関連調べる

16日午後7時すぎ、熊本市で最大9200戸以上が停電し、交通機関にも影響…

日本生命社員が出向先の銀行の内部資料を不正に持ち出し、営業に利用していた問題で日本生命社長が謝罪

日本生命朝日智司 社長「お詫び申し上げたいと思います」去年3…

日商会頭「日産の雇用対策に万全期す」 神奈川2工場で車両生産終了

日産自動車が神奈川県内の2つの工場で車両生産を終了すると発表したこ…

loading...