東京、梅雨明けまだでした……。それにしても、このじっとりとしてまとわりつくような雨を、日本の作家たちはどのように表してきたのでしょうか。日本語表現の泰斗にして『比喩表現事典』の著者・中村明氏が、あまたの「名文」のなかから厳選してお届けします。 しとしとと絹糸のように 〈雨〉の典型的なイメージは「糸」のようだ。 長塚節は『土』に「白い菅糸（すがいと）のような雨」と書き、田宮虎彦も『絵本』に「しとしとと絹糸のように降りつづけている」と書き、漱石は『明暗』に「点滴の珠を表面に残して砕けて行く雨の糸」ときめ細かく描いた。小林多喜二は『蟹工船』に「納豆の糸のような雨」と、糸は糸でも納豆の糸に喩えた。 雨の筋が少し太くなると、石坂洋次郎の『山のかなたに』に出てくる「太い針金のように光る雨の線」のような例になる。林芙美子の『ボルネオ　ダイヤ』にある「細引きのような太い雨」のような例も同様だ。同じ作家の『うず潮』には「白い葱（ねぎ）をちぎって放るような雨」という例もある。 幕のように白くはためいて 数多くの雨筋を広く面として意識すると、丸谷才一の『横しぐれ』に出てくる「雨が横さまに簾（すだれ）のようになってそそいだ」という例のように簾のイメージになったり、石坂洋次郎の『若い人』にある「風に煽（あお）られた雨の筋が幕のように白くはためいて街頭の光りの中を移動して行った」のように幕というイメージをよびこむ例になったりする。 林芙美子の『女性神髄』に出る「硝子戸はまるでカアテンを吊したように雨で白く煙っている」というカーテンのイメージも同様だ。 湯煙をたてているような激しさで 激しい降りになると、川端康成の『美しさと哀しみと』に「京都は夕方、流れるような夕立で、心配しましたわ」とあるような「流れる」イメージになったり、林芙美子の『ボルネオ　ダイヤ』に出る「雨は湯煙をたてているような激しさで四囲（あたり）が乳色に染まってくる」のような湯煙のイメージをよびこんだりする。 葉山嘉樹の『海に生くる人々』には「滝にでも打っつかったか、氷囊（ひょうのう）でも打ち破ったかと思われるような狂的な夕立に遭った」という誇張した例があり、丸谷才一の『横しぐれ』には「どしゃぶり！（略）私は天からたたきつけられたように感じた」という例がある。 霧のように降るともなく 逆にやわらかな感じの降り方については、永井龍男の『青梅雨』に「降っている、ぬかのようなのが」とあるとおり、細かい粉として「糠（ぬか）」を連想する「糠雨」「小ぬか雨」が代表的だ。 ほかに、有島武郎の『或る女』に「霧のように降るともなく降る雨」、富田常雄の『姿三四郎』に「撫でるように降りすぎて行った夕方の驟雨（しゅうう）」、岡本かの子の『花は勁（つよ）し』に「生毛（うぶげ）のように柔く短く截れて降る春雨」とある。 サトウハチローの『夢多き街』に出てくる「二三日降りつづいた雨が、溜息（ためいき）のようにトタン屋根をぬらしている」という例は、「溜息」という思いがけないイメージで読者をはっとさせる。 ＊　＊　＊ 「雨」の続いて「雲」についての比喩表現はこちら！ 「日本の雲は「綿のように」「鱗のように」「坊主のように」、そして「ポップコーンのように」浮かび、たなびく」 【つづきを読む】日本の雲は「綿のように」「鱗のように」「坊主のように」、そして「ポップコーンのように」浮かび、たなびく