凍結口座から資金を引き出すため、コンサルティング会社「スタッシュキャッシュ」（東京）が公正証書を基に不当な強制執行をかけていた問題を受け、日本公証人連合会が全国の公証人に対し、公正証書の慎重な作成を求める通知を出したことがわかった。 　１１日付。証書の不正利用を防止するためには公証人間の情報共有が重要だとして、不審な事案の報告も呼びかけている。（糸井裕哉、山下真範） 　同連合会は、公正証書の作成を求める不審な依頼があるとして今年１月にも同様の通知を出していたが、法務省と連携して行っている調査で虚偽の内容の公正証書が繰り返し作成された疑いが確認されたことから、改めて注意喚起が必要と判断したとみられる。同省と同連合会は引き続き調査を進める方針。 　関係者によると、調査は同じ公証人が作成した８通の公正証書を対象に行われた。作成経緯を調べたところ、スタッシュ社側が公証人に対し、回収不能になった貸付金を損失計上する「貸し倒れ」の処理に必要だとし、「強制執行を試みて失敗した形跡を残したい」との趣旨の説明をしていたことが判明した。 　公証人は、スタッシュ社や金を借りたとされた法人の代表の本人確認をしたり、貸し借りの内容や貸し倒れが生じた理由を明らかにするよう求めたりしたが、不審点は見当たらなかったとみられる。このため、依頼に応じ、貸付金の返済がなければ強制執行できるとする内容の公正証書を作成したという。 　その後もスタッシュ社からの依頼で同様に公正証書を作成。同社は実際にはこれらの証書を使って強制執行の一部を成功させ、資金を回収していた。だが、昨年１１月頃、別の依頼を受けた際、公証人が貸し借りを裏付ける詳細な客観資料を求めたところ、連絡が途絶えたという。 　８通の公正証書を巡っては、うち１通の内容が問題となった民事訴訟で、東京地裁が今月８日、「証書に記載された貸金債権の存在を認めることができない」との判決を出した。訴訟では証書に「借金」をしたと記された複数の法人の所在地が同じであることなど、複数の不審点も浮上した。読売新聞の取材にも、８法人のうち１社の代表が「証書の内容は虚偽」と明かしている。 　法務省と同連合会は、調査結果や報道内容を踏まえ、公正証書が不正に使われた疑いがあるとして対策を検討。同じ当事者が高額な貸し付けを繰り返したり、代表や所在地が共通していたりするケースなどでは貸し借りを証明する資料を十分に確認するよう、全国の公証人に要請した。慎重な対応を取ることで不正利用を未然に防ぐことができるとし、同種事案の情報提供も求めた。 　鈴木法相は１５日の閣議後記者会見で、スタッシュ社の事案について「現在、必要な調査を進めている」とした上で、「公正証書の不正利用を防ぐためには公証人が不審な事案に関する情報を多く持っていることが重要だ」と述べた。 　スタッシュ社の担当者は読売新聞の６月の取材に対し、「公正証書の内容はすべて正しい。事業資金として各法人に貸した」と述べ、強制執行をかけた理由については「債権を回収しただけだ」と説明している。 　◆不当な強制執行問題＝スタッシュ社が２０２３〜２４年、東京都内の公証人に依頼して法人８社に各１億５０００万〜６５０万円を貸したとする公正証書８通を作成し、口座から資金を引き出すための強制執行を実施。うち４通を基にした執行で計３億円超を回収したことが、読売新聞の報道で明らかになった。公証人は法相が任命する公務員で、全国に約５００人いる。