零戦の設計者「堀越二郎」が手記に記した「性能要求の苛烈さ」についての事実

「戦後80年」をひとつの契機として、さまざまな関連書籍の出版ラッシュが続いている。不肖・私も、7月14日、これまで30年にわたる零戦搭乗員への直接取材の経緯を記した『零戦搭乗員と私の「戦後80年」』(講談社/講談社ビーシー)という本を出版するのだが、今回は特に、そんな私が一目も二目も置く著者による、零戦を新たな視点から切り取った1冊の本をお勧めしつつ紹介したい。 6月20日に発売された、『なぜ?から始まる零戦開発史』(古峰文三著・イカロス出版・2200円+税)である。 「原資料」を探索し研究 太平洋戦争中、日本軍が使用した飛行機でいちばん有名な戦闘機は「零戦(ぜろせん、あるいはれいせん)」であることは論を待たないと思う。単発(エンジンが一つ)、単葉(主翼が一枚)の小型機は、陸軍の隼(はやぶさ)だろうと、海軍のほかの戦闘機だろうと「零戦」として紹介されてしまうことがままあるし、私は、あるテレビ局の資料室に、九七式艦上攻撃機の映像が「零戦」として保管されているのを見てずっこけたことがある。いわば、自動車で言えばトラックをスポーツカーと呼ぶようなもので、これでは「戦争の歴史を正しく伝える」どころではない。 本書『なぜ?から始まる零戦開発史』の著者・古峰文三(こみね ぶんぞう)氏は、軍事専門誌や歴史雑誌を主な発表媒体として、長年にわたり、航空機兵器開発史について研究、執筆してきた。その取材手法はほかの戦記作家のアプローチとはいくぶん異なり、あくまで「原資料」を探索し、それをもとに「工業的視点」から解説を行うというものだ。 古峰さんは毎年2度、友人でやはり零戦研究に一家言ある「この世界の片隅に」の映画監督・片渕素直氏と「零戦についての深いはなし」と題する講演会を開き、最新の研究結果を発表。ゲストに大戦機修復の第一人者(「ゴジラ−1.0」などの映画で海軍機の計器盤を提供したりしている)中村泰三さん、そして「数字」というアプローチで零戦の謎を解明し続けている宮崎賢治さんを呼び、毎回満員の盛況となっている。 古峰さんたちの零戦や兵器に対する研究のアプローチは、たとえば私の取材で、数百名の元搭乗員や技術者といった当事者と会ってインタビューし、「あの戦争」を個人の体験を通じて紡いでいく手法と対極にあるものだと思うが、もはや新たに当事者から「個人の体験」を聞くことができる時代は過ぎた。それに、個人の回想にはどうしても誇張や誤りが含まれるから(極力一次資料で裏付けはとるが、担当編集者の古い認識との戦いがあったりもする)、問答無用の原資料をもとに次々と「新事実」を発掘していく古峰さんの研究は非常に重要で、心強いものでもある。その研究成果は、ときに私のインタビューで出てきた当事者の回想はもちろん、宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」で一躍有名になった、零戦の設計者・堀越二郎技師の著書に書かれた内容まで覆すことがあるほどのものだ。 零戦の初期型までの開発の謎を解明 本書では、「堀越二郎はなぜ航空機設計者となったのか?」「なぜ七試艦戦は失敗したのか」「なぜ九試単戦は成功したのか」「『名戦闘機』ではなかった九六式艦上戦闘機」に始まり、「零戦最大の特徴だった二〇粍機銃はなぜ採用されたのか?」など、零戦の初期型までに残された開発の謎を、平易な文章で一気呵成に解明してゆく。 たとえば、堀越技師の著書ではのちに零戦となる「十二試艦戦」の性能要求の苛烈さが記されているが、本書では「十二試艦戦計画要求書は本当に『苛酷』な内容だったのか」という項で、〈昭和十二年秋に試作発注する新しい艦上戦闘機の性能が時速五〇〇キロ以上とは、世界的に見れば、かなり控え目な要求ではないかとも思えてきます。〉と、海外の機種との比較を交えながら、〈おおまかに捉えれば、十二試艦戦の試作計画は新鋭機の開発に伴う様々な課題を抱えてはいたものの、実現困難な無理難題といったものではなかったのです。〉と結論づけている。 では「堀越二郎を圧迫したものは何だったのか」——これについては、ネタバレになるので本書を読んでいただきたい。これを読むと、競争試作を打診された中島飛行機が十二試艦戦から降りたのはほかの要因による「辞退」であって、堀越氏が手記に記したような過酷な要求に「脱落」したものではないことがよくわかる。 そして機体設計、エンジン、二度の空中分解事故の謎、メーカーの三菱と海軍空技廠との議論などを、著者が発見した非公開資料を交えながら解明してゆく筆致は痛快でさえある。そして、「隼」の愛称で戦時中から国民に親しまれていた陸軍一式戦闘機と、主に戦後に出版された書籍で、「ガイジン」レスラーを空手チョップでなぎ倒すプロレスラー・力道山のような活躍が描かれたことで一気に有名になった零戦の比較で本書は締めくくられる。 今後の研究成果にも期待 本書で大切なのは、「まだわからない」ことはわからないとはっきり書いてあることだ。これは、今後の研究成果にも期待を残すものとなっている。 そして、古峰さんの研究成果を読んでいると、よく言われる「戦後、日本軍は重要な書類を焼却してしまったために、大切なことは何ひとつ残っていない」という認識が誤解であることもわかる。「資料がない」のではなく、「探す努力が足りない」例が多いのだ。 私が数年前に監修した零戦に関する番組で、すでに収録済みの有名司会者が高校生に零戦の講義を行うシーンで、すでに誤りが判明している「零戦に関する古い定説」の部分をバッサバッサと削っていったら尺が足りなくなり、別の話題を入れてかろうじて番組ができたことがあった。 これからは、メディアで情報を発信する側も、本書『なぜ?から始まる零戦開発史』を読まないことにはいつまでも古い定説が正されないだろう。情緒に流されない正確な歴史を後世に残すため、今年8月に発行予定の本書の続編『どうして?で読み解く零戦発達史』(イカロス出版)とともに、古峰さんの研究成果が零戦の新しい「底本」となることを願ってやまない。 そして——これは私の宣伝で恐縮だけども、全く違うアプローチで書いた新著『零戦搭乗員と私の「戦後80年」』(講談社/講談社ビーシー・7月14日発売)と合わせてお読みいただくと、「零戦」がより立体的に感じられるだろう。「技術」と「人」とは車の両輪なのだ。 【写真】敵艦に突入する零戦を捉えた超貴重な1枚…!

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