「電子」といったら、何を思い浮かべますか？　スマートフォンやパソコン、電子メールや電子書籍…。確かにこれらは電子を利用していますが、ほんの一例。じつは、ほぼすべての現象は電子が引き起こしている、といっても過言ではないほど、電子は身の回りに満ちているんです！　そんな電子の不思議なふるまいや、多岐にわたるはたらきをとりあげた、『電子を知れば科学がわかる』（江馬一弘著、講談社ブルーバックス）から、読みどころを抜粋してお届けします！ ＊本記事は、『電子を知れば科学がわかる』（ブルーバックス）を抜粋・再編集したものです。 電子は原子どうしをくっつける“接着剤” 「あなたが廊下を滑らずに歩けるのは電子のおかげ」 そう言われたらどう思うでしょうか。おそらく多くの読者は「どういうこと？」と戸惑うことでしょう。 私たちが廊下を滑らずに歩けるのは、摩擦力があるからです。靴と床の間に摩擦力が働かなければ、靴が滑って前に進むことはできません。では、摩擦力とはいったいどうやって生じているのでしょうか。 床も靴も身のまわりのあらゆるものは、原子でできています。原子は、中心に原子核があり、その周囲に電子が分布している、という構造をしています（図「水素原子の構造」）。電子とは、マイナスの電気を帯びた非常に小さな粒子です。 原子は球のような形をしていますが、これは、「電子が超高速で原子核の周囲を回っているので、その残像で電子の分布している部分が球の殻のように見える」と、ここではイメージしておいてください。 つまり、原子の表面には常に電子がいて、原子核は原子の中に埋もれているのです。そのため、原子が引き起こす現象のほとんどは、電子が中心となって引き起こしている、と言えます。 床を踏んでも靴がめり込んでいかないのは、床を形づくっている原子どうしがしっかりと結びついているからです。この原子どうしを結びつけているのは、実は電子です。電子は、原子と原子の間を結びつける接着剤のような役割を果たしているのです。床も靴も、そしてあなたの体も、身のまわりの物体がその形を保てているのは、電子のおかげなのです。 では、なぜ電子は原子と原子をくっつける接着剤の役割を果たせるのでしょうか。 プラスとマイナス…電気的な引力が働いている 簡潔に言うと、電子が電気を帯びているからです。 電子はマイナスの電気を帯び、原子核はプラスの電気を帯びています。電気のプラスとマイナスは引き合うので、電子は原子核にとらえられ、原子を形づくっています。 原子と原子が引き合って分子をつくるのも、原子や分子が集まって固体をつくるのも、基本的には同じ仕組みです。つまり電子による電気的な引力が接着剤の役割を果たしているのです。例えば、原子と原子の間で電子の分布が濃くなれば（電子の滞在時間が長くなれば）、電子と原子核との間に引力が生じて、原子どうしをくっつけ、分子を形づくることができます（図「電子は原子と原子を結びつける接着剤」）。 原子どうしが結合する仕組みをより正確に理解するには、ミクロな世界の物理学である「量子力学」の効果を考慮する必要があるのですが、そのことについては本書で詳しく解説しています。 廊下を滑らずに歩けるのは「電子」のおかげ 床や靴の表面は、ミクロな視点で見るとデコボコしています。足の裏を刺激する健康サンダルの表面のようになっているわけです。そのため、床と靴の表面どうしは、見かけ上の表面全体では接しておらず、盛り上がった部分の先端どうしなど、ごく一部でしか接していません（図「 摩擦力が生じる仕組み」）。 盛り上がった先端の接触部分には高い圧力がかかるため、原子レベルでくっつく、つまり結合します。これがミクロのレベルで見た摩擦力の正体です。原子どうしがなぜくっつくかというと、電子が接着剤の役割を果たすからです。 私たちが前に向かって歩くときには、これらの結合を切る必要があります。そのため、摩擦力に逆らって進むにはエネルギーが必要になります。このような摩擦力のメカニズムは「凝着説」と呼ばれ、摩擦の物理学（トライボロジー）において標準的な考え方となっています。 以上をまとめると、私たちが廊下を滑らずに歩けるのは摩擦力のおかげであり、摩擦力は電子が生み出している、ということになります。 【さらに「電子」を深堀り】じつは、世界がカラフルに見えるのも「電子」のお陰だった！色や光が、わたしたちの目に届く「驚きの理由」