逮捕から３８年、念願の判決にたどり着いた。 　１９８６年に福井市で起きた中３女子生徒殺害事件で、殺人罪で服役した前川彰司さん（６０）に１８日、再審無罪が言い渡された。司法判断に翻弄（ほんろう）されながら、無罪を訴え続けた前川さんは「やっと無罪を証明できた。正直ホッとしている」と喜びをかみしめた。 　午後２時、名古屋高裁金沢支部の法廷。増田啓祐裁判長が再審無罪を告げると、弁護士の隣に座る前川さんは表情を変えず、前を見つめていた。 　増田裁判長は判決理由で、有罪の根拠とされた知人の目撃証言について、いずれも「信用できない」と否定。福井県警による証言の誘導や、証拠を開示してこなかった検察の姿勢を厳しく批判した。 　３時間余りに及んだ言い渡しの最後、増田裁判長は「少し話をしておきたい」と切り出し、前川さんに語りかけた。 　「長期間、大変なご苦労をかけ、申し訳なく思っています」と謝罪。続けて「かけがえのない人生の時間を奪ってしまった。取り返しのつかないことで、非常に重く受け止めています」と述べ、「これからの前川さんの人生に幸多からんことを祈っています」と締めくくった。 　前川さんは増田裁判長に向かって頭を下げ、退廷した。 ◇ 　閉廷後、前川さんは金沢市内で記者会見し、「裁判長の言葉で心に熱いものが込み上げてきた。エールと受け止めたい」と話した。 　吉村悟弁護団長は、供述誘導や証拠開示の問題に触れ、「警察、検察にだまされ続けた。今回の事件は供述証拠の危うさ、恐ろしさを教えている」と強調した。 　前川さんは８７年の逮捕から一貫して否認。２０１１年に１回目の再審開始決定が出たが、取り消され、一度は再審の扉が閉ざされた。無力感を感じ、心が折れそうな時が何度もあったが、「『やっていない』という反骨心を持ち続けた」と振り返った。 　今でも、福井県内で再審制度の見直しを訴える街頭活動をしていると、通行人から「本当はやった（殺した）んじゃないか」と言われることがあるという。「背負った十字架はあまりにも重い。再審無罪となっても、疑う人は疑うだろう」と不安は消えない。国家賠償請求訴訟を起こすことも検討している。 　逮捕時は２１歳だったが、還暦を迎えた。「今後は正々堂々と残りの人生を歩みたい」。今年５月には東京都内で開かれた再審制度に関する集会に登壇し、「制度改革の機運が高まる中、歩みを止めてはいけない」と訴えた。「自分が苦しんだ人生が、他の人の役に立ってくれればいい」 ◇ 　再審も通常の刑事裁判と同様、上訴できる。 　県警の森本力・刑事企画課長は「今後、検察当局で判決内容を精査し、対応を検討するものと承知している」とのコメントを出した。 　再審制度に詳しい大阪大の水谷規男教授（刑事訴訟法）の話「虚偽の証言を誘導した警察、証拠の誤りを裁判で明らかにしなかった検察、冤罪（えんざい）だと見抜けなかった裁判所、それぞれの責任は重い。同じ過ちを繰り返さないよう、各組織で検証するほか、有罪判決を維持しようとする意識の改革を進めるべきだ」 　元東京高裁部総括判事の藤井敏明・日本大学法科大学院教授（刑事訴訟法）の話「関係者証言の信用性を詳しく検討した丁寧な判決だ。前川さんにおわびした裁判長の言葉には、誤った判断をした当時の裁判官への批判が込められていると感じた。判決で、警察と検察の不当な行為が客観的な証拠で認められた以上、上告は難しいだろう」