「俺たちはここで玉砕するよ……」「どうか妹たちをお願いします」「お前にはいろいろと島のことを教えてもらった。ありがとう」「なんで日本はこんな戦争を始めちゃったのだろう」 1944年7月、硫黄島。それは一時疎開のはずだった——。散り散りになった島民たちはなぜ今も故郷に帰れないのか？　話題の新刊『死なないと、帰れない島』では、ベストセラー『硫黄島上陸』著者がこの国の暗部に執念の取材で迫る。 （本記事は、酒井聡平『死なないと、帰れない島』の一部を抜粋・編集しています） 兵隊さんたち 登喜子の目には、海軍の兵士のほうが、陸軍の兵士よりも偉い立場にあるように見えた。服装や装備の質が高いように感じられた。硫黄島に物資を運ぶには船舶が必要だった。その船舶を有している海軍だ。そうした事情が、海軍が上位に見える要因だったかもしれない。 1944年春以降、兵士の数は急速に増えていった。いつしか、登喜子の家の近くにも陸軍の部隊のテントが並ぶようになった。 軍隊生活の厳しさが伝わってくる光景を何度か目にした。部下を往復ビンタして叱責している上官の姿を見たこともある。しかし、どの将兵も島の子供たちには、とことん優しかった。よく遊んでくれた兵士たちの中に「村松軍曹」がいた。日常的に接する兵士の多くは中年だった。村松もそうだ。きっと故郷に家族を残してきたからだろうと登喜子は思った。島の子供たちを、会いたくても会えない自分の子供に重ねているのだろうと感じた。 兵士たちには休日があった。休みの日は5、6人ほどのグループに分かれて、親しくなった島民宅を訪ねた。登喜子の家にもやってきた。料理の腕が自慢の父は、自宅の鶏をつぶしてすき焼きを振る舞った。姉たちも熱心に接待していた。兵士たちは登喜子のことを「トキ坊」と呼んで遊んでくれた。女の子だけど男の子のようにやんちゃだったから、そのような呼び方をしているのだろう、と登喜子は思った。 つづく「「死んじゃうよ、死んじゃうよ」…硫黄島空襲後の1944年7月、突然訪れた「運命の日」」では、硫黄島の初空襲から疎開の日までに何があったのかを掘り下げていく。 本記事の引用元『死なないと、帰れない島』では、硫黄島の村が消えた日の出来事から始まり、全国に離散した島民と子孫はいまだに帰島が認められていない「ミステリー」に挑み、次々と知られざる歴史や事実を描いている。 酒井聡平（さかい・そうへい） 北海道新聞記者。土曜・日曜は、戦争などの歴史を取材・発信する自称「旧聞記者」として活動する。1976年、北海道生まれ。2023年2月まで5年間、東京支社編集局報道センターに所属し、戦没者遺骨収集事業を所管する厚生労働省や東京五輪、皇室報道などを担当した。硫黄島には計4回渡り、このうち3回は政府派遣の硫黄島遺骨収集団のボランティアとして渡島した。取材成果はTwitter(Iwojima2020)などでも発信している。北海道ノンフィクション集団会員。現在、北海道日高郡新ひだか町在住。著者に『硫黄島上陸 友軍ハ地下二在リ』（講談社、第11回山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞）がある。最新刊は『死なないと、帰れない島』（講談社）。 【つづきを読む】「死んじゃうよ、死んじゃうよ」…硫黄島空襲後の1944年7月、突然訪れた「運命の日」