人生は長い。ましてや人生100年時代のいまは途轍もなく長い。そこで、健康と共に気になるのがお金の問題だが、老後資金だけでなく定年後も「稼ぐ」ことに目を向けるのが重要だという。年を重ねても無理なくできる仕事には果たしてどんなものがあるのか。【坂本貴志/リクルートワークス研究所研究員・アナリスト】 *** 【写真を見る】ホワイトカラーから農家に… 意外な転職が成功するケースも 定年後、自分は果たして豊かな生活を送ることができるのだろうか。役職定年を迎え、キャリアアップの道を終えた自分でも、再就職して“ちゃんと稼ぐ”ことはできるのだろうか……。 「失われた30年」といわれる厳しい経済状況で、こうした不安を抱えている方も多いことでしょう。ましてや、AI(人工知能)が日進月歩の進化を遂げ、仕事が「人の手」から離れていく中、現役世代ではない高齢者が出る幕はないのではないか、と。 坂本貴志氏 しかし、それは杞憂です。定年後も豊かに過ごすために“ちゃんと稼ぐ”ことは十分に可能であり、悲観する必要はありません。実際、人手不足の実態は深刻で、「人の手」に対する需要はむしろ高まっていて、後述する定年後の「小さな仕事」の賃金も上昇傾向にあり、条件はどんどん良くなっています。 取得困難で特殊な資格が必要というわけでもありません。すでに高齢者の就業者が一定数以上いる、つまり高齢者でも働きやすい。これを前提とした場合に限っても、実に「19業種、100職種」もの選択肢が、定年後の皆さんの前には広がっているのです。 〈こう話すのは、リクルートワークス研究所の研究員・アナリストである坂本貴志氏だ。 労働市場の動向などの分析を専門とし、とりわけ高齢期のキャリア・働き方などの調査を行っている坂本氏は、65歳以上640万人のビッグデータの解析を行うとともに、自ら100人超のシニア就労者へのヒアリング・インタビューを重ねてきた。 「高齢者が働くということ」を分析・研究し続けてきた坂本氏が解説する。〉 定年後も一定の収入を得ることの方が重要 まずは、令和の時代における定年後の生活の現実について説明したいと思います。 「老後2000万円問題」のインパクトが大きく、かつ物価上昇も進む中で、定年後の生活に金銭的な不安を感じている方が少なくないかと思います。そして、その不安は、「一体、老後資金はいくらためておけば安心なのか」から来るものであることが多いのではないでしょうか。 確かに、この観点から考えると不安は尽きません。なにしろ人生100年時代であり、70代で亡くなるのか、それとも100歳まで生きるのかは誰にも読めず、どれだけ貯金しておいても老後資金を“食いつぶしてしまう”心配がある。金銭的に余裕をもって定年後の人生を過ごせるかどうかの最大のリスクは、自身の「長寿」にあります。 しかし、これは老後資金、つまり「ストック」にしか視点を当てていないことから起こる不安ともいえます。人生100年時代においては、ストックではなく「フロー」、すなわち定年後も一定の収入を得ることの方が重要だと思います。生涯において収入を得るための手段としてまず考えたいのは、無理のない範囲で年金を繰り下げて受給するという選択肢です。受給を1年遅らせるごとに受給額は8.4%ずつ上がっていくため、フローがさらに増え、老後資金を食いつぶす不安はより少なくなります。 そのためにも、現実的に、定年後に一定の収入を稼ぐ必要があるでしょう。ここで問題になってくるのが、冒頭で触れた“ちゃんと稼ぐ”をしっかりと定義することです。 “ちゃんと”の金額 高齢者にも働き口は十分あり、“稼ぐ”のが可能であることはすでに説明した通りです。残る問題は“ちゃんと”の部分です。 “ちゃんと”を、現役時代並みと考える必要は必ずしもありません。安定して暮らせるように稼ぐという観点では、「1人月10万円」を目安に考えてほしいと思います。 総務省の家計調査によると、60代、70代の純貯蓄額(貯蓄から負債を引いた額)の中央値は約1500万円となっています。そしてさまざまなデータを分析する限り、60代と70代で純貯蓄額にあまり変化は見られません。つまり、多くの世帯は貯金を取り崩すことなく生活しています。従って、この状態を長く続けることが、「長寿リスク」に対する効果的な方法ということになります。 月10万円稼げば貯金も可能 では、どれだけ稼げば貯金を取り崩さずに生活できるのでしょうか。 やはり家計調査に基づき、例えば65〜74歳の夫婦2人(無職)の平均的な家計簿を見てみると、月の平均支出額は33.4万円で、年金や保険による収入額は26.5万円。差し引き約7万円の赤字です。ということは、月10万円稼げれば、赤字になるどころか貯金していくことも可能になります。夫婦2人であれば月20万円から30万円となり年金の給付を受けなくてもやっていけるでしょう。この1人月10万円の収入を得ることが、本稿で取り上げる“ちゃんと稼ぐ”の定義です。 月10万円の収入を得るには、時給1000円換算で月に100時間働けばいいことになります。1カ月を4週で換算すると週に25時間で、フルタイムであれば週3日程度、毎日働くとすると1日5時間です。将来的に時給水準が上昇することを踏まえれば、これよりも少なくてもかまいません。決して無理して働く必要はなく、それでも定年後を豊かに、そして幸せに過ごせることが実感できると思います。こうした定年後の働き方を、私は「小さな仕事」と呼んでいます。 19の職業 では具体的に、小さな仕事にはどんなものがあるのか。私の近著『定年後の仕事図鑑』で取り上げたのが「19業種、100職種」です。平均月収はほとんど10万円以上で、少なくとも「赤字7万円」はクリアできるものばかりです。以下、平均年収の高い順に19業種を紹介します(カッコ内は職種の例)。 (1) 営業(金融・保険営業) (2) 事務(会計事務員) (3) 生産工程(食品・飲料製造作業員) (4) 林業・漁業(水産養殖作業者) (5) 運転(送迎ドライバー) (6) 農業(収穫や出荷を行う農業従事者) (7) 警備(施設警備員) (8) 販売(コンビニ販売員) (9) 運搬(配達員) (10) 介護・保健医療サービス(施設介護職員) (11) 施設管理(マンション・アパート管理人) (12) 調理(ファミレス調理人・調理補助) (13) その他専門職(塾講師) (14) 生活衛生サービス・生活支援(家事代行) (15) その他サービス(ポスティングスタッフ) (16) その他運搬・清掃等(学校用務員) (17) 接客・給仕(飲食店ホールスタッフ) (18) 清掃(ビル清掃員) (19) 包装(スーパーのバックヤード作業員) 60代半ば以降に重要になる「小さな仕事」 小さな仕事は実に多種であり、ちゃんと稼ぐ方法も多様であることが分かっていただけると思います。仕事の探し方としては、シニア世代には依然としてハローワークが大いに役立ち、またインターネットの求人広告や店頭のビラなども有用です。加えて、さらに年齢を重ねた方であれば、シルバー人材センターも検討してほしいです。ちなみに、ここ10年で31.8%から44.9%にまで65歳女性の就業率は増えており(男性は62.9%)、シニア女性就業者が多いのは(10)(12)(17)などです。 とはいえ、現役時代にホワイトカラーだった方などの中には、「それまでと畑違いの仕事などできない」「やりがいを感じられないのではないか」という考えを持つ方がいるかもしれません。ただ、それはあくまで先入観に過ぎず、現実は異なります。 家のローンの問題などが残っていて、依然としてそれなりの金額を稼がなければならない60代半ばの中高年期までは、現役時代の延長線上の仕事を選択することを優先するべきでしょう。具体的には、それまで勤めていた会社での再雇用や、企業規模をグッと落として同業他社で仕事をする。そのほうがスキルを生かせ、現役時代より下がるとはいえ小さな仕事よりも稼げる蓋然(がいぜん)性が高いです。 そして、60代半ば以降になったときにはいよいよこの「小さな仕事」を考える局面に差しかかります。 モチベーションを変化させる必要が 私は、小さな仕事は次の3要素によって構成されると考えています。 ・報酬はそれほど高くない。 ・労働時間が短い。 ・仕事の負荷やストレスが少ない。 こうした仕事はもれなく、世の中に必要不可欠で価値がある仕事です。現役時代のように「心身共にストレスを抱えながらキャリアアップや給料アップを求めること」から、年を重ねるとともに「無理なく、かつ生活を豊かにする範囲で稼ぐ」ことへと、仕事に対するモチベーションは変化していきます。あるいは、そう変えなければならないといえるかもしれません。 昔のように、課長や部長にまで上り詰めてそこでリタイアし、後は悠々自適、という時代ではありません。今の時代は、管理職になって以降も再び現場に戻ったり、体力などが衰えても働き続けたりする覚悟が求められますから、それに合わせて仕事へのモチベーションも変えていく必要性があります。 人の役に立ちたい、ちょっと体を動かしたいという目的 だからといって、なにも難しく考えることはありません。リクルートワークス研究所の調査では、若年期から中堅期(20代から50歳くらいまで)よりも、高齢期の就業者のほうが仕事に満足している方が多い傾向が明らかになっています。要は、人生経験を積み重ねた結果、自然と「ガツガツ働かずとも、社会に貢献でき、それで収入を得られることに幸せを感じる」ようになる方が多いのです。 現に、私がシニア就業者にインタビューした際も、例えばホワイトカラーだった方が、定年後に現役時代の延長線上にあるわけではないエッセンシャルワーク、例えば農業などの仕事に就き、とても満足していると回答するケースが多くありました。多くのシニアの方が、人の役に立ちたい、あるいはちょっと体を動かしたいという目的のもとで、先ほど定義した“ちゃんと稼ぐ”生活を送っているのです。つまり、「定年後も働く」ことの意味は、収入を得ることであると同時に、社会とつながり続けることによって生活のリズムを整え、また同僚やお客さんと接して心身の健康を維持・向上させることにもあるのです。 「生きがい」にしなくても 孤立・孤独対策、あるいは認知症対策として、自宅と職場以外の「サードプレイス」を確保することの重要性がよく説かれます。ゆえに、定年後に何か趣味を探したり、サークルに参加したりするべきだと。無論、そうできればベストなのでしょうが、現実的には、一から趣味を見つけたり、新たなサークルに飛び込んだりするのはなかなか難しいと思います。その意味でも、小さな仕事はちゃんと稼げる上に社会ともつながれ、多くの方の定年後の最適解になり得ると感じています。 一方で、必ずしもみなが小さな仕事を定年後の「生きがい」にする必要もないと思います。私がインタビューしたシニアの中で、こういう方がいました。 65歳から19業種の(9)、倉庫でピッキングのアルバイトをしている男性の話です。この方は週3日、1日5〜6時間勤務し、9万円弱の月収を得ていて、事前に言えば労働日程も調節できる、比較的自由で無理のない働き方をしています。 そして鉱物好きなため月に数回博物館でも働き副収入を得て、さらに趣味であるアイドルグループの応援を楽しんでいる。この方の場合、小さな仕事を定年後の生きがい、自己実現の手段にしているわけではありません。つまり、小さな仕事はあくまでちゃんと稼ぐためのもの、と割り切るやり方もあるのです。 適度な緊張感 定年後の社会との接点を求めてボランティアをするのも一つの手ですが、資産を食いつぶす心配を払拭するという点から考えた場合は、やはりまずは小さな仕事で稼ぐことを優先するべきだと思います。 例えば19業種の(16)、小学校の用務員として働いているあるシニアの男性は、ボランティアではなく仕事なので、「今日は休んでもいいかな」という甘えが出てこないことが、小さな仕事のメリットであると私のインタビューに語っていました。ちゃんと稼ぐことに加え、このように適度な緊張感を持つことも、高齢期の生活、シニアの健康にとってはとても大切なことでしょう。 収入、自由度、やりがい、緊張感……。「定年後の仕事」をどう選ぶか、また、厚生年金にいつまで加入するか、そして年金をいつからもらうかなどは、とどのつまり、人生100年時代の「定年後の生き方」を選択することに他なりません。そして、仕事に対するモチベーションを現役時代からマインドチェンジすることさえできれば、その選択肢は実に多様であり、過度に悲観的になる必要はないと思います。 坂本貴志(さかもとたかし) リクルートワークス研究所研究員・アナリスト。1985年生まれ。一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆を担当。その後、三菱総合研究所を経て現職に。『ほんとうの定年後』(講談社現代新書)、『定年後の仕事図鑑』(ダイヤモンド社)などの著書がある。 「週刊新潮」2025年7月24日号 掲載
「免許証を一度も取得したことがない」 事故起こした男(22)無免許運転の疑いで逮捕 北海道
北海道・旭川東警察署は2025年7月25日、住所不定無職の男(22)を無免…
埼玉県南部で連続ひったくり 同一犯か バイクの男2人組
きょう未明、埼玉県川口市など4か所でバイクに乗った男2人組に走行中…
宝塚歌劇団、暗黙のルール「結婚で退団」見直し検討…村上浩爾社長「世の中の流れがある」
宝塚歌劇団の村上浩爾(こうじ)社長が25日、「劇団員は、結婚す…
台風8号は熱帯低気圧に…九州南部・奄美、沖縄は大雨予想
26日午前6時時点で宮古島の西南西約30キロを時速約45キロで…
兵庫・川西市職員、勤務中に小説投稿サイトなど364時間閲覧…停職1か月
兵庫県川西市は25日、勤務時間中に職場のパソコンで投稿サイトを…
アソコの手術後になぜか勃起してしまう現象と「妻だけED」の共通点
【前編記事はこちら】『高校時代の深夜、「行為」にフケっていた現場…
トランプ氏、ガザ停戦の交渉断念か…ハマスを非難「彼らは死にたいのだと思う」
【ワシントン=池田慶太】米国のトランプ大統領は25日、パレスチ…
支援する側が“救われる” ギャンブル依存症と自助グループ 専門家「薬や医療では回復しない」
タレントやプロ野球選手らが書類送検されるなど、社会問題になってい…
国連安保理が会合 カンボジアがタイに対して即時停戦を要求
タイとカンボジアの国境地帯での軍事衝突をめぐり、国連の安全保障理…
本と植物と人が交わる東京・上野の書店「ROUTE BOOKS」——選書担当が勧める3冊とその空間の魅力
新連載「どくしょとしょくぶつ」では、本と植物のある場所を訪ねて、 …