私人逮捕系YouTuberが警察に逮捕される事件が続いたとき、たとえ正義を掲げても行き過ぎはよくないと批判が集まり、SNSで私人逮捕やそれに類する動画を投稿する動きは少しおさまったかのように見えていた。ところが、目の前の様子をよく確認せず、スマートフォンで動画撮影をし、勝手な解釈でモザイク加工もなにもせず晒す投稿が後を絶たない。ライターの宮添優氏が、自分勝手なSNSへの晒し投稿による被害についてレポートする。 【写真】防犯カメラ映像をSNSに晒し続けるケースも…そのイメージ写真 * * * 「血の気がひきました。こういうことが本当にあるんだと、ドッキリではないかとか、誰かの恨みを買ったかとか、もう、頭が混乱して。部長に事情を話してその日は会社も早退。生きた心地がずっとしなくて」 今でも「思い出すと吐き気がする」といいながら、辛い経験を語ってくれたのは、都内在住の男性会社員(30代)。いつものように会社で作業をしていたところ、慌てた様子の同僚から「大丈夫か?」と送られてきたのは、自身が電車の中で寝入っているSNS上の映像だったのだ。 「私がリュックを抱いて、座席で寝ている映像がアップされており、そこには優先席で寝込む非常識な男、などと字幕が入れられていました。私がふと顔を上げた瞬間も映っていて、完全に”晒されて”いる状態でした」(男性会社員) 撮影されたことすら気が付かなかった男性だが、数日前に、優先席に座って寝込んだ記憶は確かにあった。だが、車内は相当に空いていたし、優先席を含め余裕があった。その状態は、男性がさらされている映像を見ても明らかだったし、男性側に特段の非はない。混雑しており、かつ近くに妊婦や高齢者、怪我人などがいて、それを無視して男性が譲らずに席を死守し、タヌキ寝入りを決め込んでいるわけではないのだ。 「そのアカウントは同じように、さまざまな人の盗撮映像を晒していた。電車の中だけでなく、配達中の郵便局員や警備員などを一方的に”スートカー”だといって盗撮し晒している。とてもまともではない、恐ろしいと思い、新たなSNSアカウントを作り、映像を消して欲しいとメッセージを送ってみたんです」(男性会社員) 直後に返ってきたのは、なぜか上から目線の、男性の気持ちを逆撫でするような返信だった。 「まず、私が映像に映る本人なのか証拠を見せろ、免許証の写真などを送れと言うんです。脅されているようなものなのに、そんな相手に個人情報など渡すわけにはいかない。法的措置をとる、というとすぐにブロックされてしまいましたが、別アカウントから確認すると、私の盗撮映像は綺麗さっぱり消えていたんです」(男性会社員) 男性は旧知の弁護士にも相談したが「すでに消えているし、訴訟しても相手から得られるものは何もない」と言われ、泣き寝入りするしかなかったと悔しがる。 「こういうトラブルをSNSで見たことはありましたが、まさか自分がその被害者になるとは思いませんでした。警察や弁護士に相談しても、この程度では残念ながら、となってしまう。消えたと言っても、投稿は数日はネット上で晒されていたんです。それでも、こちらが我慢するしかない。落ちてきた隕石で怪我をしたような、そんな気分です」(男性会社員) 開示請求し警察にも相談したが 予期せぬところで自身が盗撮され、ネット上に晒されるなどという経験は、ほとんどの人は無縁だと思っているだろう。だからこそ、いざその当事者となったときに、パニックになってしまう。こう振り返るのは、自身や家族の盗撮映像をSNS上に晒されたという、広島県に住む団体職員の女性(50代)だ。女性もまた、ある日突然SNS上に「非常識なドライバーである」と晒された。 「車椅子の家族がいるので、高速道路のサービスエリアに設置されている障がい者専用スペースを利用するのですが、その日はちょうど、普段使いの車から乗り換えていて、四つ葉マーク(障がい者マーク)をつけていなかった。それでもこんなトラブルにあった経験はありませんでした」(団体職員の女性) 女性は、障がいのある家族が同乗していた車を、サービスエリアの障害者専用スペースに駐めた。車椅子の家族が一人でトイレを使用中、女性は軽食を買うなどして車に先に戻ってきたが、その様子を見ていたとある人物が「女性が障害者専用スペースを不正に利用している」としてその様子を撮影し、SNSに上げたのだ。 「実は、撮影されている時に気がついて、なぜ撮っているのか聞くと、法律違反だ違法だと騒がれました。ちょうどその時、家族が戻ってきたんですが、車椅子姿を見て、どこかへ逃げました。でもその後、SNSに、言い合いの部分だけが切り取られた映像がアップされ、拡散されたんです」(団体職員の女性) 女性はSNSには疎かったため、こうした被害の状況はすべて女性の息子が把握していたが、あまりの酷さに涙し「ぜったいに許さない」と仕事まで休み、犯人を捕まえようとした。 「メッセージで動画を消すように伝えても無視され、弁護士を通じて開示請求も行いました。誰が発信しているかも分かり、警察にも相談しました。でも、かの人物はネット上の有名人で、何度も同じようなことを繰り返していると、刑事さんに教えてもらいました。裁判で負けても金も払わない、謝らない。だから訴えても厳しいかもしれないと」(団体職員の女性) 被害者だと居直った いずれもの例も、被害者が泣き寝入りを強いられる、残念な結末を迎えた。避けようのない被害でもあり、加害者をつきとめて責任を問うても被害者が救われない結末になりがちだ。そして、いったんそうした被害、加害が始まると拡散されて被害が再生産され、それを止めるのも相当に難しい。厄介なのは、そこに「報道」が加担してしまい、収拾がつかなくなっている例もあることだ。 「近所のお宅に、かなり問題のある人がいます。自宅前に設置した防犯カメラの映像を、毎日のようにSNSに晒すんです」 関東在住の自営業の男性(60代)のすぐ近くに住む家の住人は、自宅前の「私有地」に通行人が「侵入している」と主張し、その侵入行為を「監視」すべく複数の防犯カメラを設置しているという。 「目の前が車一台通れるかと言う狭い通りで、駅への抜け道になっているため通行量が多いんです。通行人の一部が、間違って男性の敷地内に足を少し踏み入れただけでブザーがなったり、夜ならライトが光ったりして。私有地といっても素人が見てもわかりづらく、悪意のない通行人が続々晒されているんです」(自営業の男性) 近隣住民の皆が困り果てているところに、事態がさらに悪化するようなことまで起きたと言う。 「例の家の住人が、主張する”被害”をテレビ局に売り込んだみたいで、テレビ局がニュースで取り上げたんですよ。不法侵入に悩む被害者だって。防犯カメラの映像と、住人の電話インタンビューだけでしたけど。普通、それは本当なのか確認してから放送しますよね。でも、テレビで報じられて住人は”自分は被害者だ”とますます居直っちゃう」(自営業の男性) 防犯目的を理由に、全国各地の繁華街などに「防犯カメラ」が設置されはじめたころ、日本国民のプライバシーは守られるのかと議論になった。カメラ付き携帯電話が普及し始めたころ、勝手に撮影されたら気づけるようにと、大きなシャッター音が標準装備になった。そのくらい、撮影することに配慮する共通認識があったはずなのに、カメラ付きのスマホが普及し、SNSが発達した今、その気遣いはどこへいったのだろうか。いまは撮影だけでなく、「突如晒される」という、極めて防御が難しいリスクまで顕在化している。 万一自身が被害に遭ったとき、パニックになったり自暴自棄にならないよう、その時にとるべき「冷静な対応」についても、理解しておく必要があるだろう。