おしゃれに老いる、素敵に老いる、小さくて快適な暮らしのための、スッキリする断捨離。ところでお金は? 住まいは? 親の介護は? お墓はどうしよう? 日本でしばしば話題になる「老い支度」だが、ドイツ人はどうしているのか? 合理的で節約を重んじているのか? 親子関係はどのようなものだろう? 日本とドイツにルーツを持つサンドラ・ヘフェリンが、実際のインタビューをもとに綴る実用エッセイ、 『ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる』 より、一部を抜粋・編集してお届けする。 『ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる』 連載第42回 『「わたしの死後、夫がつくる新しいパートナーを妄想しています」…根強い「カップル文化」を持つドイツ人の驚きの「恋愛常識」』より続く。 亡き夫とそっくりな「新しい恋人」 現在50代後半のカトリン(Kathrin)さんに話を聞きました。カトリンさんの母親は、「身体に不調はあっても、基本的に自分で生活ができて思考がはっきりしている」高齢者が中心の、ニーダーザクセン州にあるグループホームに入居しました。そこで友達ができる人も大勢いましたが、カトリンさんの母親は、なんと「彼氏」ができたそうです。 「母は若い時は両親と住んでそのまま結婚したから、一人暮らしというものをしたことがないのよね。だからグループホームで頼れる人ができて、とても嬉しかったみたいなの。 母の新しいパートナーはヘルムート(Helmut)さんというのだけれど、亡くなった父の名前も同じヘルムートだったの! 私がグループホームに行くと、母が父に呼びかけていたのと同じように『ヘルムート、ヘルムート』と言っていて、笑っちゃった。母は足腰が悪いんだけど、新ヘルムートさんはいい人で、母親の分の買い物もしてくれるのよ。で、新ヘルムートさんが『買い物に行ってくるね』と言うと、『ヘルムート、麦わら帽子を忘れないでね』と母が追いかけて行くの。この出かける間際のやりとりも父が生きていた時と全く同じなの」 カトリンさんは実に微笑ましいといった口調で話します。 「父は建築系の仕事だったんだけど、聞いてみたら、新ヘルムートさんも現役の頃は建築の仕事だったんですって。新ヘルムートさんの娘さんも感じの良い人で、『新しいパートナーと出会ってから父は明るくなった』なんて嬉しいことを言ってくれるのよ。私が偶然娘さんと施設で会った時は、4人でトランプをしたの」 91歳男性が決意した「命懸けの恋」 時間を見つけては、恋人の亡き夫のお墓の手入れまでするほど精力的だった新ヘルムートさんですが、別れは突然やってきます。カップルになって1年が経とうとしていた夏に、彼は亡くなってしまったのです。91歳で、原因は手術の麻酔でした。 新ヘルムートさんは「手術をしなければ今後の生活の質が悪くなる。だが、高齢者だから、麻酔を含めて手術もリスクです」と予め説明を受けていたといいます。 「たった1年の恋愛だったの。でもね、二人はとても幸せそうだった。新ヘルムートさんがリスクを知りながら手術に挑んだのも、自分が寝たきりになっては、母の役に立てないと思ったからなの。手術前に『僕はもっと生きて君の力になりたい』と母に言っていたんだって。新ヘルムートさんは戦後にシレジアから追放された苦労人だった。短かったけど、彼にとっても母との時間は幸せだったはず」 第二次世界大戦が終わるまで、現在の主にポーランド南西部からチェコ北東部はシレジアと呼ばれ、多くのドイツ人が住んでいました。1945年の敗戦とともに追放されたドイツ人は、迫りくるソ連軍から逃れてドイツに来てからも、様々な差別に遭いました。 そんな過去をもつ新ヘルムートさんは、家庭をもち、懸命に生き、人生の最後にもう一度、恋をしたのです。リスクの高い手術を受けるという「命懸けの恋」でした。 『「ストーカー化した80代男性」にドイツ人が“まさか”の反応…日本ではあり得ないドイツの驚きの「老い」事情』へ続く。 【つづきを読む】「ストーカー化した80代男性」にドイツ人が”まさか”の反応…日本ではあり得ないドイツの驚きの「老い」事情