ラグビー日本代表ディレクターの「大分、絞っています」という言葉の意味

ラグビー日本代表における「絞る」とは 高級ホテルの一室に椅子が車座に並ぶ。輪の中心には永友洋司。ラグビー日本代表のチームディレクターだ。 代表チームに選手を集めるために各所属先へ連絡したり、予算内で選手に最適な環境を用意したりして、ヘッドコーチをサポートするのが役目だ。 「大分、絞っています。努力しています、私たち」 2025年6月21日。宮崎合宿のメディア公開日に報道陣と談笑した。 話題のひとつは、ナショナルチームを取り巻く環境である。最近では、日本ラグビーフットボール協会(日本協会)から出費の管理を強く求められているようだ。 「絞って」いるのは、運営のコストだった。 現況では、もともと怪我をしている有力選手をキャンプに呼んで回復メニューをさせる余裕はない。永友自身も「ここでは試合の準備をして欲しい。ジャパンはリハビリをするところではない」と考えているため、招集するスコッドのスリム化に努める。 居心地のいいところに伸びる要素はない それと関連づくエピソードを、笑って補足する。 「今週(取材日)まではホテルに提供してもらっているフルーツも、来週から自分たちで市場に買いに行きます。微々たるものですが、その積み重ねが…とスタッフに伝えています」 こうなると、一部の常連組にとっては、従前の代表合宿と異なる環境に感じるのだろうか。現役時代にジャパンだった永友は続ける。 「僕は、居心地のいいところに伸びる要素はあまりないと思っています。選手たちは文句を言うかもしれませんが、ここで工夫して頑張ってもらいたいなと。これでダメだったら、こっちの責任です」 言葉通り、首脳陣は結果責任を負う。ここで注視されるのは、指揮官の働きぶりだ。 エディー・ジョーンズ。母国のオーストラリアのほか南アフリカ、イングランドの代表チームを指導し、いずれの時でもワールドカップの決勝へ進んだ名物コーチである。前年、日本代表で9季ぶりに復職していた。 今年は宮崎で動き始める前の段階で、23歳以下日本代表のオーストラリア遠征、代表予備軍にあたるJAPAN XVの大分合宿、国内リーグワン上位陣を除く日本代表候補の菅平合宿で多くの若手を教えてきた。そのジョーンズの生気を、永友は感じた。 「楽しくてしょうがないみたいです。若い人を発掘できて…」 早朝5時台からの練習を重ねた結果 第1次政権を編んだ12年以降、ジョーンズは日本ラグビー界を底上げした。 13年6月、当時欧州6カ国2連覇中のウェールズ代表に史上初勝利を挙げた。 欧州勢の苦手な蒸し暑い気候のもと、先方が同時並行で動いていたブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズへヘッドコーチと複数の主力を供出していたなかではあったが、確かに、歴史的な白星を掴んだ。 世界のスポーツ史を揺るがしたのは15年。ワールドカップイングランド大会で、その時点で通算2度優勝(現在2連覇中で通算4度)の南アフリカ代表を下した。 本番の数カ月前から早朝5時台からの複数回にわたる練習を重ね、自分たちのスタイルと相手の弱点を突く術を一気に涵養。ちょうど弛緩、迷いにさいなまれていた強豪を下すに至った。 ブライトンのコミュニティスタジアムで、「ラグビー界にノイズを起こせた」とジョーンズは笑った。そのまま予選プールを3勝で終え、21世紀の日本で最初のラグビーブームを巻き起こした。 もっとも当時から、選手やスタッフへ過剰な献身を求める向きがあった。 エキセントリックさを帯びるジョーンズの指導 当事者たちが笑って後述する逸話も、エキセントリックさを帯びていた。 ビュッフェ形式の食堂にあえて口にしてはいけない揚げ物があり、誰が皿に盛るかをチェックされていた…。 無人のジムに足を運べば、自分たちの動きを隠しカメラ代わりのパソコンで監視されていた…。 その傾向は、16年からイングランド代表を率い、23年に2度目の着任となったオーストラリア代表ヘッドコーチの座を志半ばで辞しても大きくは変わらなかったのだろう。 選手によって厳しく接したり、しなかったりするのがジョーンズ流。1勝3敗で終えた昨秋のキャンペーン中も、その傾向が顕著に見られたようだ。 かつてはそれが「風物詩」と見られる節もあったが、現代日本ではそうは受け取られなかった。 日本協会が年末までに実施のアンケートでも、指導方針について改善を求める声が挙がった。日本協会で専務理事を務める岩渕健輔は、ジョーンズの今後について問われた。 「代表チームの出来不出来の目安について、春(7月まで)の段階で何勝何敗…と(内々で)は、考えています。ヘッドコーチの評価という意味では、3試合で、1試合で、10試合で(下す)ということではなく、そこに至るまでの強化で(を踏まえて)、試合ごとに何かしらの決断をしなくてはいけないこともあると思います。『このタイミングで(進退を問う)』というお伝えはいたしませんが、1戦、1戦が重要だと本人にも話しています」 結果を残さねばならないウェールズ戦 主力候補の高齢化や代表辞退に伴い、ジョーンズは多くの若手を抜擢していた。結果として初年度は、テストマッチの戦績を4勝7敗とした。2年目は、諸事の反省点を活かして結果を残さねばならなそうだった。 ターゲットは7月5日と12日。対ウェールズ代表2連戦だ。 イングランド代表、オーストラリア代表でもジョーンズの参謀役を務めたニール・ハットリーは言った。 「国際舞台ではプレッシャーはつきもの。我々はいい準備ができているので、選手には80分しっかり戦ってもらいたい。結果を考えるより、過程です。選手にいい環境を整えることにフォーカスしています」 無形の重圧のもと、永友が明かした一言は「珍しく、オフとかを作っていますからね。1日、丸々」だった。 昨年はスケジュールを詰め込んでいた。列強国との差を埋めるべく、休息日にもミーティングや簡単なジムワークが組み込まれた。 しかしこの夏は、ジョーンズ本人曰く「1日ごとに何をするか、より具体化させています」。必要項目を効率的に落とし込む術を導入し、休息を取りやすくなったようだ。永友は続ける。 「練習も質は落としていないですし、やっている強度は高い。ただ、量は落としている。スタッフもせかせかしていない」 選手の伸びを実感したジョーンズの様子 改善した取り組み方を春先から導入し、本格始動した宮崎で選手の伸びを実感したジョーンズの様子について、選手たちはこう言葉を揃えた。 「練習では厳しいですが、普段はジョーク交じりに選手たちとコミュニケーションを取ってくれます」 初戦はミクニワールドスタジアム北九州であった。会場のある福岡県北九州市の最高気温は30度超。暑熱対策を鑑みれば夕方以降のキックオフも見込まれただろうが、実際に試合が始まったのは何と14時だ。 意図を問われた岩渕は、テレビの放映時間の都合でも、マッチドクターの判断でも、ホスト側である日本代表の現場の意向でもある、と、全方位的な受け答えをした。わけをひとつに絞ることは控えた。 ジョーンズは戦前より、「その日は晴れ。太陽の光がさんさんと降る。暑いなか、運動量で勝ちたいです」と話していた。 試合展開は、その通りとなった。 序盤リードのウェールズ代表は終盤になるほど動きが鈍り、反則を重ね、南国と謳われる宮崎で準備した日本代表が一気に追い上げた。 24—19。 ラスト10分を切っての逆転勝利を挙げた。 効果的な采配を振うジョーンズ 渦中、ジョーンズはメインスタンド上段のコーチ席から大声を張り上げていた。 2人がかりのタックルをすべしという意味で「ダブル!」。芝生に膝がつくくらいの姿勢でスクラムを組めという思いで「シバ!」。グラウンドに立つ選手へ、チーム内で共有していたプレーに関するキーワードを浴びせていた。 情熱を露わにする傍ら、エラーの目立つ選手を速やかに交替したり、好調だったフォワードの第1列の面々をフル出場させたり(この位置は50分程度で交替するのが一般的)と、効果的な采配を振った。 後にウェールズの記者から、シニカルに問われた。 「初戦の天候、キックオフ時間が日本代表に優位に働いたのでは」 眼光をそのままに口角を上げた。 「皮肉ですね。我々がウェールズに行く時は雨が降るのかなどが全く分からない状態でプレーするわけです。我々が北半球に行っても、スタジアムに暖房をつけてくれるわけではない。環境は両軍にとって同じ。ラグビーの醍醐味には、環境の適応があります」 兵庫のノエビアスタジアム神戸での結果 公式会見では「今夜はこの勝ちを味わい、楽しんだ後は次の試合へ」と言い残し、翌日にはオフを設けず動き出した。週の序盤に練習の強度を上げ、12日のゲームが近づくにつれ休みを増やす考えだったようだ。 「試合後に移動し、宿舎に着いたらそこがトレーニングできる環境だった。好都合だったために日曜から練習を。軽いものでしたが、いいトレーニングができました」 12日の一戦を取れば、ジャパン史上初のハイパフォーマンスユニオン(伝統的強豪国)からの連勝を成し遂げられた。 本番のあった兵庫のノエビアスタジアム神戸は、日照り防止のためか開閉式の屋根を閉じた。それがかえって蒸し暑さを引き起こし、互いにエラーを重ねることになった。 22—31。 星を落とした。初戦で見られた高いキックの取り合い、地上の肉弾戦での課題を解消しきれなかったのが痛かったか。 敗因をどう捉えるか。 公式会見でそう問われたジョーンズは、メンタリティの領域について言及した。 ジョーンズが敗れた直後に精神論を持ち出したのは、昨年10月のニュージーランド代表戦で19—64と屈して以来のことだ。 「(今回の)初戦にはアドレナリンが出た状態で興奮して臨めた。ただ、これだけ早い期間で2戦目を迎えて、感情をリセットして試合に臨むのが難しかった。そこに苦戦した部分があった。大きな学びとなりました」 スタッフのひとりによれば、いまの組織の雰囲気は決して悪くない。折からのコーチ陣の刷新からは、ボスに微修正の意思があることが伝わる。 1勝1敗という結果は、その延長線上にあった。 初戦と2戦目の間には、都内で日本協会の定例理事会があった。 ジョーンズの評価について、岩渕は「いい勝ち方をしたからといって、その先もまた試合が続きます。代表のヘッドコーチはひとつひとつが勝負になりますので、今後も1試合、1試合を見ながら、理事会の中でも議論して進めていきたいです」と慎重に語った。 元日本人傭兵がブチギレ…!「味方殺し」を犯した兵士を逃した上官が放った、「あまりに無責任すぎる言葉」

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