参院選でもみられたSNS選挙の光と影〜より重要性を増す有権者のリテラシー〜【調査情報デジタル】

SNSは今回の参院選にも大きな影響を与えた。そこには、ポピュリズムへの傾斜の加速、虚偽情報の拡散など問題点は多い。社会の分断をもたらし、民主主義の劣化につながりかねない現状を麗澤大学の川上和久教授が分析し、今後の対処法を考える。 【写真を見る】参院選でもみられたSNS選挙の光と影〜より重要性を増す有権者のリテラシー〜【調査情報デジタル】 はじめに 2025年7月20日投開票が行われた参議院議員選挙では、政権政党である自民党、公明党が大幅に議席を減らして47議席の獲得にとどまり、非改選議席を合わせても参議院における過半数を割り込んだ。 これで、自民党、公明党は衆参で過半数を割り込み、政治の混迷は避けられない情勢だ。一方で、参政党や国民民主党が躍進し、その背景には、選挙における政党・候補者のSNS戦略、それによって形成された世論が影響したと指摘されている。本稿では、これほどまでにSNS戦略が注目された背景、そして浮かび上がってきた課題について、まとめてみたい。 インターネット選挙は解禁されていたが インターネットを選挙運動で限定的ながら用いることができるようになったのは、まだ12年前のことだ。2013年に公職選挙法が改正され、インターネット上で、一定の制限のもとで選挙運動が行えるようになったが、インターネット選挙運動が解禁された当時と近年では、有権者の政治・選挙情報の入手に大きな変化が生じている。 特に、「SNS選挙元年」と言われた2024年に、顕著な変化が表れている。これを、公益財団法人明るい選挙推進協会の調査結果をもとに見ていきたい。 公益財団法人明るい選挙推進協会は、国政選挙があった際、その3か月くらい後に全国意識調査を実施し、その結果を報告書にまとめているが、その中で、「政治・選挙情報の入手元」を尋ねている。 今回の参院選の意識調査は10月頃になるが、直近(2025年3月)の報告書がある2024年10月の第50回衆議院議員総選挙後の2025年1月〜2月の調査での「政治・選挙情報の入手元」の現状がどうなっているのか、インターネット選挙運動が解禁された後の2014年の第47回、2017年の第48回、2021年の第49回の衆院選後の意識調査結果と比較しながら、有権者の情報行動の、昨年の大きな変化を見ていきたい。 図1は、過去4回分の「政治・選挙情報の入手元」の全体(全調査対象者)の変化を、「テレビ」「新聞」「インターネット」について見たものである。「テレビ」をあげる比率は未だにもっとも高いものの、この10年近くで60%台を割り込み、直近調査では約55%だ。 新聞は23.2%から15.6%に低下。最新調査では、「テレビ」に「ネット配信を含む」、新聞に「インターネット上の新聞記事を含む」と質問のワードを修正しているにも関わらず、である。 これら「既存のマスメディア」と対照的に、「インターネット」は約10年前はひとケタ、7.2%に過ぎなかったが、直近の調査では22.5%と新聞をついに逆転している。直近調査では、「インターネット」は「ソーシャルメディアも含む」と質問のワードを修正している。 この報告書では、18〜29歳、30〜49歳、50〜69歳、70歳以上(18歳選挙権導入前の2015年調査は20〜39歳、40〜59歳、60歳以上)の年代別の結果が出ているが、特に若い年代において顕著な変化が表れている。 図2は、過去4回の調査での18〜29歳(2015年調査のみ20〜39歳)での政治・選挙情報の入手元をまとめたものだが、2015年の調査において、すでに「政治・選挙情報の入手元」は20〜30歳代においてインターネットをあげる比率が新聞を上回っているが、まだ、テレビが圧倒的だった。 しかし、直近調査では、18〜29歳では、テレビはわずか29.5%、インターネットが51.1%で既存のマスメディアを完全に圧倒している。最新調査では、「新聞」に「インターネット上の新聞記事を含む」としているが、それでも6.5%だ。 一方で、70歳以上の高齢者層では、直近調査でもインターネットは3%。高齢者層では「既存のマスメディア」が「政治・選挙情報の入手元」になっており、年代による情報入手方法の「分断」が際立ってきたといえる(図3)。 2024年にインターネットが選挙で威力を発揮し始めた このように、特に若年層で、政治・選挙の情報元としてインターネットが劇的に増え、テレビをも上回ったのは、ここ1、2年のことである。その背景には、政党・候補者の側も、インターネットを積極的に用いる層をターゲットとする戦略を強化したことがあげられる。2024年には、「SNS選挙元年」と言われるエポックメイキングな出来事が4つあった。 第一は、2024年4月に投開票が行われた衆議院の東京15区補欠選挙だ。この選挙では、政治団体「つばさの党」から出馬した根本良輔元候補らが、演説会場で他候補に大音量でやじを飛ばしたりクラクションを鳴らしたりし、警視庁が演説妨害に当たるとして選挙期間中に異例の警告を行った。 その異様な光景は、テレビなどでも報道され、注目を集めたが、選挙後、公職選挙法違反(選挙の自由妨害)で「つばさの党」代表らが逮捕され、2024年11月から公判が行われている。こういった選挙の妨害が行われた背景の一つとして、ユーチューブ等のSNSで動画が拡散することにより収益が得られる「アテンションエコノミー」があったとされる。 「アテンションエコノミー」は、災害時に偽情報が拡散する要因になるなど問題視されてきたが、選挙の際も、アクセスありきの偽情報、注目を集めるための極端な情報の拡散につながりかねない。 第二は、2024年7月に行われた東京都知事選挙だ。現職の小池百合子知事が3選を果たしたが、約165万票を集め、次点となったのが石丸伸二・広島県安芸高田市前市長で、知名度に勝る蓮舫元候補の得票を大幅に上回った。 石丸氏もSNS戦略を重視し、都知事選であるにも関わらず、都民の既存政治への不満を掬い取るような「政治屋一掃」という批判を前面に出した。街頭演説で「政治を変える」「行動を起こそう」といったフレーズを多用し、その様子を聴衆に、動画撮影してSNSに投稿するように訴えた。市長時代の議会との対立も交えた「切り抜き動画」や「ショート動画」が拡散し、一気に知名度を上げたことが、大量得票につながった。 第三が、2024年10月の衆議院解散総選挙だ。国民民主党の玉木雄一郎代表はネット戦略で、衆院選までにユーチューブ「たまきチャンネル」に900本近くの動画をアップし、登録者には、切り抜き動画を呼びかけて、ネット上に「手取りを増やす」「103万円の壁」「ザイム真理教」など、就職氷河期世代や若い給与所得者層に刺さるキャッチフレーズを拡散させ、支持を開拓し、比例代表では、自由民主党、立憲民主党に次ぐ3番目の600万票以上を獲得した。 第四に、選挙におけるネット戦略では、兵庫県知事選挙も有権者に衝撃を与えた。百条委員会によりパワハラ疑惑などが追及され、県議会による不信任決議を受けて失職・再出馬した斎藤元彦知事。SNSで支持を呼びかける一方、内部告発した元局長の私的データや百条委員会の録音がSNSを通じて流出、「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が、自身の当選を目的とせず、斎藤候補の応援に回る、いわゆる「2馬力選挙」を展開して、斎藤候補は当選したが、SNS上の偽情報や誹謗中傷も問題となった。 これら4つの事例の特徴は、既存のマスメディアが、選挙期間中は政治的中立や不偏不党の原則から、抑制的な報道をしている一方で、ネットメディアでは注目を集めるような言動がさほど規制をかけられずに横溢し、その状況がマスメディアで報道されることで、ネットにおける世論の広がりがさらに拡大していったことがある。 2024年のマスメディア報道の顕著な変化を一つ見てみよう。図4は、2020年から2025年途中にかけての「SNS 選挙」を含む記事やテレビ番組の数の推移を見たものだが、2024年に、これまでより突出して大きくなっている。 その意味では、マスメディアとネットメディアは、対立する存在というよりも、表裏一体の関係で世論に影響を及ぼしたといえる。 ネットは政治の分断をもたらすか〜2025年参院選での課題を整理する〜 そして、今回の参議院議員選挙でも、SNSは結果に大きな影響力をもたらした。SNS による世論の広がりだけで選挙の帰趨が決まるわけではなく、政党・候補者側の、それまでの地道な活動の蓄積が重要なことは言うまでもないが、時事通信社が行った今回の参院選の出口調査では、インターネットを参考にした比率は47%に及んだ。 投票したうちの半数近くがインターネットを参考にしており、参考にした層の比例代表での投票先は、参政党が最も多く、23.9%。2番目が国民民主党の16.5%だった。インターネット上で、若年層や就職氷河期世代の不安を掬い取るような「日本人ファースト」「手取りを増やす夏」のようなキャッチフレーズが拡散し、投票行動に影響した。 SNS選挙のプラス効果は投票率の向上、しかし多くの重要な問題点も ネット空間で、利用者に対しての働きかけを積極的に行い、支持を拡大した国民民主党・参政党が政治参加を促し、投票率は58.51%と、2022年の52.05%を約6.5%上回った。時事通信社の出口調査(比例投票先)では、無党派層の14.5%が国民民主党に投票し、自民党(14.1%)、立憲民主党(13.6%)を上回り、参政党も13.3%で既成政党と肩を並べた。 ネット空間の活性化が、これまで政治に関心を持っていなかった層の政治への関心を呼び起こし、投票率の向上に結び付いたことは、これからの政治参加のプラスの側面として肯定的に捉えていいだろう。 しかし、既存のマスメディアが、先述したように、選挙期間中に抑制的な報道をしている中で、ネット空間が活性化することに課題も生じている。 第一は、分かりやすさの陥穽だ。以前からも、分かりやすいキャッチフレーズで争点を単純化する手法は、「郵政民営化」「政権選択」など、ポピュリズムの手法で有権者を動かしてはきたが、こういった分かりやすさは、一方でそれ以外の重要な政治課題を見えにくくし、有権者の認知を歪めかねない。今回の参院選でそれが典型的に表れたのは「外国人問題」だろう。 NHKが、「参院選」「選挙」というワードとともに、Xに投稿されている内容を、6月中旬から7月中旬にかけて1か月分調べた結果を報道しているが、投稿件数は「少子化」が約4万1000件、「安全保障」が11万3000件、「関税」が11万8000件、「コメ関連」が14万2000件、「年金」が14万6000件、「物価高」が18万8000件、「消費税」が67万4000件、そして最も多かったのは「外国人」で、119万件で、7月10日以降急増している。 マスメディアのニュースでも、外国人による問題は、事件事故で取り上げられることにより、実態とは異なるイメージが増幅されていた部分がある。政治はエビデンスに基づく施策が求められるが、急に外国人問題が取り上げられた背景には、政党の議題設定がネット空間で増殖し、マスメディアや他の政党も取り上げる相乗作用が生まれたことがある。「分かりやすさ」には、そこに含まれる多様な側面が捨象される危険もつきものだ。 第二は、真偽不明の情報の拡散だ。マスメディアは真実性を何より重要視するが、ネット空間は違う。アテンションエコノミーはじめ、注目を集めるためなら、虚偽情報をも厭わない、というのは憂慮すべき状況だ。 公職選挙法では、第235条第2項で「当選を得させない目的をもって公職の候補者に関し虚偽の事実を公にし、又は事実をゆがめて公にした者は、4年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する」こととされているが、実際の適用は、表現の自由との兼ね合いで難しく、これまで抑制的だった。 しかし、選挙期間中にネット空間が虚偽の情報で歪められる現実に対して、たとえば共同通信社が2025年5月に行った郵送方式の世論調査では、選挙の際、真偽不明の情報がSNSで拡散することに「法律での規制が必要」を選んだ人は58%、「事業者などの自主的な規制が必要」が29%に上った。表現の自由とのせめぎあいの中での規制を世論は求めている。 政党や既存のマスメディアも「ファクトチェック」を行っているが、政党によるファクトチェックは自党の主張の正当化に用いられることも多く、マスメディアや中立の専門機関がファクトチェック機能を強化することがより求められよう。 第三は、SNSは国境を越えて影響する点だ。昨年11月のルーマニア大統領選挙では、勝つ見込みのない「泡沫候補」として扱われた極右候補がSNSを通じて支持を急拡大させ、得票率で首位に躍り出て不正が指摘されて選挙は無効となったが、外国勢力の関与が指摘された。 今回の参院選でも、選挙期間を前にロシアによる大規模な情報工作が日本のSNS空間で激化していることが指摘され、7月16日の記者会見で、青木一彦官房副長官が、SNSを使った外国勢力の介入の可能性について問われ、「我が国も影響工作の対象になっているとの認識のもと、国家安全保障戦略で対応能力を強化することとしており、外国からの偽情報の収集・分析や偽情報への対外発信について一体的に推進している」と述べ、関係機関が連携して対応に当たっていると説明した。 今後、外国勢力の関与をチェックし、情報操作により民意が歪まないように警戒することがますます重要になろう。 今回の選挙で「SNSとポピュリズム」がより鮮明になったとはいえ、有権者に伝達する手段としてSNSが定着し、そこに、シルバー民主主義のもとで政治有効性感覚に乏しく、政治参加が十分でなかった層が政治参加し始めた、という構図で見れば、SNSを活用して多様な民意を掬い取る民主主義の新しい形が模索されているともいえる。 だからこそ、SNS時代の大衆民主主義においては、有権者のリテラシーが何より重要だ。 イギリスの政治学者グレアム・ウォーラス(Graham Wallas)は、選挙権が拡大し、大衆民主主義が広がっていく中で、『政治における人間性』(1924年)を著し、 「投票を通じて表現される『意見』自体を信頼に足るものにしなければ、『意見』をいくら広く募ったり正しく反映させたりしても意味がない」 「大概の人間の政治的意見は大部分、経験によって検証された理性的推理の結果ではなくて、習慣によって固定された無意識の、あるいは半ば意識的な推論の結果」 であると、ポピュリズムに流されやすい民主主義の脆弱性を喝破し、リテラシー教育こそが枢要であると説いた。メディア環境が変化したとしても、正確な情報を提供し、正確な情報をもとに判断する民主主義を常に目指すことが、民主主義の劣化を防ぐ。 今回の参院選は、過去の歴史的教訓を、あらためて思い起こさせる選挙だったのではないだろうか。 <執筆者略歴> 川上 和久(かわかみ・かずひさ) 麗澤大学教授。専門は政治心理学、広告と社会心理、戦略コミュニケーション論。 1957年生まれ。東京大学文学部社会心理学科卒、東京大学大学院社会学研究科社会心理学専攻修士課程修了、同博士課程単位取得退学。 1986年東海大学文学部専任講師。1991年同助教授、1992年明治学院大学法学部助教授、1997年〜2016年同教授、2003〜2008年法学部長、2008〜2012年副学長。2016年〜2020年国際医療福祉大学教授。2020年より麗澤大学教授。 1997年『メディアの進化と権力』(NTT出版)で大川出版賞受賞。 著書に、「18歳選挙権ガイドブック」(講談社・2016)、「昭和天皇玉音放送」(あさ書房・2015)、「反日プロパガンダの読み解き方」(PHP研究所・2013)「イラク戦争と情報操作」(宝島社・2004)、「北朝鮮報道:情報操作を見抜く」(光文社・2004)、「情報操作のトリック:その歴史と方法」(講談社・1994)など。 【調査情報デジタル】 1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。

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