東京・東銀座の歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」（８月３〜２６日）で野田秀樹が脚本と演出を手がける「野田版　研辰（とぎたつ）の討たれ」が２０年ぶりに再演される。 　刀の研ぎ師から武士になったものの、武士道とは縁遠い主人公の守山辰次を、中村勘九郎が初役で勤める。（武田実沙子） 　勘九郎は近年、「髪結新三（かみゆいしんざ）」「籠釣瓶花街酔醒（かごつるべさとのえいざめ）」など父・中村勘三郎の数々の当たり役に挑んできたが、「研辰はやらないかな、と思ってたんです」と明かす。「辰次なのか、勘三郎なのか……。憑依（ひょうい）というか、体に全部が入っていた。手がつけられないと思っていた」 　元々の歌舞伎演目「研辰の討たれ」は、家老を手にかけた辰次が、敵討ちを目指す家老の息子たちから必死に逃げ隠れした末に討たれる物語。一方、勘三郎（当時・勘九郎）と野田が初タッグを組んで２００１年に初演された「野田版——」は、野田が赤穂浪士の討ち入り事件を絡めて脚色し、群集心理の恐ろしさも描いた。辰次を演じた勘三郎は舞台中を動き回り、野田らしい言葉遊びのせりふも次から次へと放っていた。０５年の勘三郎襲名披露公演で、再演された。 　前回までは、父を殺され敵討ちに奔走する兄弟を松本幸四郎（同・市川染五郎）と勘九郎（同・中村勘太郎）が演じてきたが、今回は幸四郎の長男・当代染五郎と、勘九郎の長男・当代勘太郎が勤める。野田は「歌舞伎は変わりながら作品が残っていく。２０年以上かけて、歴史的なものを見ている」としみじみと語る。 　前回は立役の藩士役だった中村七之助は今回、辰次をひいきにする奥方と、辰次の妻にしてほしいとせがむ娘の２役を演じる。「初演の稽古場は鮮明に覚えている。父親に死ぬほど怒られた」と苦笑いする。野田は「初日にいきなり勘三郎が七之助君にダメ出しして、しかも怒った。もうびっくりして。『申し訳ないけど、演出家は僕だから』と言って始まったことを思い出した」と、エネルギッシュだった盟友の姿を振り返る。 　そのＤＮＡは勘九郎にも引き継がれているようだ。勘九郎が自分の役を忘れて「勘太郎にダメ出ししている」と野田が明かすと、勘九郎は「やらないつもりでいたんですけど、ちょっと出ちゃった」と頭をかいた。 　１４歳の勘太郎について、野田は「役者が化けるとはこういうことかというくらい、ぱっと変わった。血なのか、若さなのかわからないですけど、技術ではないものが出ている。とてもいいです」と目を細めた。 　四半世紀前の初演でも上演することの意義を感じていたという勘九郎。「群衆の怖さをより濃く感じる時代になってしまった。それはよくないこと、さみしいことだが、今、これをやる意味があるんじゃないかと思う」。（電）０５７０・０００・４８９。