差別恐れ口をつぐんだ10年、「第五福竜丸事件」から始まった運動はノーベル平和賞に…核の脅威を訴え続けた被団協

被爆<下> 証言の力信じた被団協  米国の水爆実験で放射性降下物の「死の灰」を23人が浴び、半年後に1人が死亡した「第五福竜丸事件」の衝撃は、被爆者団体の全国組織「日本原水爆被害者団体協議会(被団協)」の結成へとつながった。  世界に核の脅威を伝え続けた被爆者たちの活動は、昨年のノーベル平和賞受賞に結実した。 差別を恐れ口をつぐんだ  〈原爆にあい、近親を殺されたものとして、遺族の方と同じ悲しみと憤りを感じます。勇気を振い興し平和のため頑張りましょう〉  第五福竜丸事件から半年後の1954年9月23日、40歳だった無線長の久保山愛吉さんが急性放射能症で死亡した。当時22歳だった被団協代表委員の田中熙巳(てるみ)さん(93)は、職場の同僚と久保山さんの遺族に送った寄せ書きに、自身が被爆者であるとつづった。「勇気を出して立ち上がることが久保山さんの霊に応えることになると感じていたのだろう」と振り返る。  田中さんは45年8月9日、長崎の爆心地から3・2キロの自宅で被爆した。奇跡的にほぼ無傷で、3日後、伯母を捜しに爆心地付近に入った。焼け落ちた家の周りには遺体が放置されていた。伯母は自宅の焼け跡で黒焦げの姿で見つかった。伯母ら5人の親類を亡くした。  「たとえ戦争といえどもこんな殺し方、こんな傷つけ方をしてはいけない」。13歳だった少年の心にそう刻み込まれた。しかし、多くの被爆者たちと同じく、大学進学を目指して上京後も自身の体験は口にしなかった。被爆者への差別や偏見を恐れたためだ。 「空白の10年」経て結集  その意識を変えたのが、第五福竜丸事件だった。「原水爆反対の運動が、燎原(りょうげん)の火のように日本中に広がっていった」。田中さんも同僚と連日、東京の住宅を回って反対署名を集めた。  55年8月6日に初めての原水爆禁止世界大会が広島で開かれ、翌56年の長崎大会で被団協が結成された。〈私たちは自らを救うとともに、私たちの体験をとおして人類の危機を救おう〉。結成宣言にはそう記された。  その場にいた田中さんは、被爆者が沈黙を強いられた「空白の10年」を経て結集する姿に希望を抱いた。 「被爆者の証言は唯一無二」  被団協は原爆の後遺症に苦しむ被爆者を救済するために国の補償を求めて運動し、被爆者は傷ついた自身の体をさらして核兵器の非人道性を訴えた。草の根の活動は、57年の被爆者健康手帳の交付開始や95年の被爆者援護法施行などへとつながっていった。  田中さんは「第五福竜丸事件がなければ被団協はなく、(核兵器を二度と使ってはならないとする)『核のタブー』は確立されなかっただろう」と語る。  〈広島と長崎の生存者である被爆者の証言は唯一無二のものだ〉。ノーベル賞委員会は、被団協に平和賞を授与した理由をこう説明し、核のタブー形成への貢献をたたえた。  だが、核を巡る国際情勢は厳しい。ウクライナを侵略するロシアは核の脅しを繰り返し、6月にはイスラエルや米国がイランの核施設を攻撃した。世界の核弾頭の総数は1万2000発を超えると推計される。田中さんは「核のタブーが壊されようとしている。本当に核戦争が起きるかもしれない」と危機感を募らせる。 「許す心」で憎悪の連鎖断つ  被爆者は、海外でも証言によって核兵器の恐ろしさを伝えてきた。広島で被爆した田中稔子(としこ)さん(86)は、70歳から約90か国を訪れ、紛争や核実験による被害者らと交流を重ねている。  国民学校1年生だった6歳の時、爆心地から約2・3キロの広島市内で被爆した。登校前、桜の木の下で友達を待っていると、目の前が真っ白になり、腕や首などにやけどを負った。生気のない表情で人々がぞろぞろと歩く光景は今でも脳裏から離れない。  多くの同級生を失い、生き残った負い目を感じて生きてきた。差別も怖く、体験は語っていなかった。しかし、2008年にNGO「ピースボート」の船旅に参加したことが証言を始める契機となった。  旅の中で訪れた南米ベネズエラで、ためらいながらも自身の体験を語った時、証言を聞いた現地の人から言われた。「あなたが証言をしないでどうするんだ。被爆者が話さなければ、再び原爆が使われてしまう」。被爆者への期待を肌で感じ、証言活動を続けることが目標になった。 原爆投下命じた大統領の孫と交流  これまで交流した人は数え切れない。  10年には米ニューヨークの国連本部で行われた核拡散防止条約(NPT)再検討会議にあわせて渡米し、現地の高校で証言した。イスラエルとの紛争で親族を殺されたというパレスチナ出身の男子生徒が「原爆で多くの友人を失ったのになぜ相手を許せるのか」と食ってかかってきた。  一瞬、答えに詰まったが、諭すように伝えた。「憎しみの連鎖が戦争につながる。相手を許す気持ちがなければ、争いは永遠に続いてしまう」。男子生徒は黙り込み、「もうちょっと考えてみる」と口にした。  原爆投下を命じた米国のハリー・トルーマン元大統領の孫、クリフトン・トルーマン・ダニエルさん(68)とも12年に知り合い、交流を続ける。ロシアによる侵略を受けるウクライナの友人に「何かできることはないか」と連絡すると、「核兵器が使われたらどんなことが起きるかを証言して」と頼まれた。  昨年、米ネバダ州の核実験で被害を受けた米国人女性に出会い、証言活動を共にした。「世界の人たちと核廃絶に向けてメッセージを発信することは大きな意味がある」と感じている。  「友人に爆弾は落とさない。顔の見える関係性を築くことが平和につながる」。そう信じている。 映画で伝える「ヒバクシャ」  人類初の核実験は、米国が広島に原爆を投下する3週間前に行った。戦後も米国とソ連(現ロシア)を中心に各国が核実験を続け、放射性降下物による健康被害を訴える「ヒバクシャ」が各地に生まれた。  ドキュメンタリー映画監督の伊東英朗さん(64)は、米ネバダ州での核実験による被曝(ひばく)者や専門家らを現地取材した映画「サイレント・フォールアウト」(2023年公開)を約4年かけて制作した。昨年、全米20か所で上映ツアーを行い、今秋にはフランスとドイツでも上映会を行う。  伊東さんが核について取材を始めたのは2004年、愛媛のテレビ局でディレクターをしていた時だ。第五福竜丸以外にも、米国の水爆実験で被害を受けた漁船や船員の苦悩を取材し、番組にした。  伊東さんは「置き去りにされている世界のヒバクシャについて、みんなが自分ごととして議論を深めるきっかけにしたい」と語る。 原爆投下の正当化、米国では根強く  広島と長崎への原爆投下を巡っては、米国では「戦争を早期に終結させ、多くの命を救った」と正当化する考えが根強い。  6月には、米軍がイランの核施設を攻撃したことについて、トランプ米大統領が「広島や長崎の例を使いたくないが、戦争を終結させた」などと述べた。  読売新聞社と米ギャラップ社が昨年11月に行った日米共同世論調査では、米国が原爆を投下したことについて、現時点からみて、正当化できると思うかどうか米国でのみ質問した。その結果、「思う」と答えた人は56%で「思わない」の38%を上回った。  ただ、年代別では18〜39歳の若い層で、「思う」の46%が「思わない」の50%を下回った。  日本政府は2007年、「広島及び長崎に対する原爆の投下は、極めて広い範囲に害が及ぶ人道上極めて遺憾な事態を生じさせた」とする答弁書を閣議決定した。一方で答弁書は、米国に抗議するよりも、核兵器が二度と使用されることがないように核軍縮を続けることが重要とした。この立場は現在も踏襲されている。 ◇  大阪社会部 南部さやか、広島総局 小松大騎、山下佳穂、西部社会部 美根京子、長崎支局 勢島康士朗、編成部 望月尭之、デザイン部 大倉千登勢が担当しました。

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