2024年7月25日、沖縄県北部に巨大テーマパーク「ジャングリア沖縄」がオープンしました。年間1,000万人が訪れる観光地・沖縄に誕生したこのテーマパークは、アジアの観光ビジネスの勢力図を塗り替える起爆剤となるのでしょうか。しかしその裏には、過去の事例から見えるオペレーションの課題や、強力な競合の存在といった、成功へのハードルも横たわっています。 このプロジェクトの全貌と、激戦のテーマパーク市場で勝ち抜くための戦略について、デジタルテクノロジー領域のビジネスが専門のリサーチャーcomugiさんの分析を交えながら深く掘り下げていきます。 <東京ビジネスハブ> TBSラジオが制作する経済情報Podcast。注目すべきビジネストピックをナビゲーターの野村高文と、週替わりのプレゼンターが語り合います。今回は2025年7月27日の配信「テーマパーク『ジャングリア沖縄』開業! 観光ビジネス戦略、激戦テーマパークの未来はどうなるのか」を抜粋してお届けします。 「沖縄振興」を背負う巨大プロジェクト、ジャングリア沖縄とは? 野村: ついに「ジャングリア沖縄」が開業しましたね。メディアでも大きく取り上げられていますが、改めて、どのようなテーマパークなのでしょうか? comugi: ジャングリアは、沖縄北部の今帰仁村(なきじんそん)と名護市にまたがってオープンしたテーマパークです。近くには年間340万人が訪れる「沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館」があり、その相乗効果が期待されています。 これまで沖縄北部は、那覇方面から日帰りで訪れる観光客が多く、地域への経済効果が限定的という課題がありました。ジャングリアは、この地に滞在してもらうことで観光を振興する、という大きな目的を担っています。 発表会見では石破茂首相がスピーチするなど、国策としての側面も強く、単なる一企業のプロジェクトを超えて「沖縄振興」を背負ったテーマパークといえるでしょう。 野村: 国としても成功させたいプロジェクトなのですね。宿泊してもらうための仕掛けとして、どのようなコンセプトやアトラクションがあるのでしょうか? comugi: コンセプトは「興奮」「贅沢」「解放感」を掲げた「パワーバカンス」です。 「パワー」はスリル満点のアトラクションを指し、例えば12人乗りのオフロード車で恐竜の襲撃を体験する「ダイナソーサファリ」や、気球で上空から360度の絶景を楽しむものなど、約20種類のアクティビティが用意されています。 一方の「バカンス」はリゾート感を意味し、沖縄の豊かな自然に触れられる温泉スパなどがその中心です。この2つの要素を組み合わせることで、他にはない体験価値を提供しようとしています。 狙いはアジア20億人市場。インバウンド戦略の勝算は? 野村: 宿泊を促すということは、メインターゲットは県外、特に海外からの観光客になりそうですね。 comugi: ジャングリア沖縄の運営を支援する株式会社刀の森岡毅氏は、年間来場者数のターゲットを100万人から150万人程度と示唆しており、沖縄県の人口は約146万人ですから、国内需要だけでは目標達成は困難です。 これは年間1000万人が訪れる沖縄の観光客、特にインバウンド(訪日外国人旅行客)の取り込みが不可欠であることを意味します。 森岡氏は「沖縄から飛行機で4時間圏内には、中国やASEAN諸国を含め20億人以上が住んでいる」と述べており、この巨大なアジア市場を明確にターゲットとして見据えています。 野村: 20億人市場ですか。その狙いは当たりそうなのでしょうか。 comugi: ここが、期待とともにいくつかの不安要素が見えてくるところです。 成功への懸念1:「1時間に何人さばけるか?」オペレーションという見えざる落とし穴 野村: 不安要素というと、具体的には何でしょうか? comugi: ひとつは「オペレーション」、つまり「1時間あたりにどれだけのお客さんをさばけるか」という問題です。実は、刀が以前プロデュースを手がけた「ネスタリゾート神戸」の口コミを分析すると、運営面での課題が浮き彫りになります。 ジップラインやカヌーといった大自然系のアトラクションは、一度に体験できる人数が少ないため、どうしても待ち時間が長くなる傾向があります。 ジャングリアの「4人乗り巨大ブランコ」や「12人乗りオフロード車」も同様の構造を持っており、人気が出れば出るほど長い行列ができ、顧客満足度の低下に直結しかねません。 野村: なるほど。テーマパークの成功事例とは異なる構造なのですね。 comugi: 例えば、東京ディズニーリゾートのアトラクションは、機械制御によって乗り物が次々と動き、1時間あたり1000人単位のゲストを処理できるものも少なくありません。 また、ジャングリアのすぐ近くにある「美ら海水族館」は、お客さんが自分のペースで歩いて観覧する「ウォークスルー型」です。そのため、館内がどれだけ混雑していても人の流れは止まらず、年間300万〜400万人という膨大な数の来場者を受け入れることが可能です。 これらに対し、ジャングリアの体験型アトラクションは、その構造上、どうしても処理能力に限界があります。一つ一つのアトラクションがどれだけ魅力的でも、このオペレーションという命綱が、ゲストの評価を左右する大きなポイントになるでしょう。 成功への懸念2:なぜ「恐竜」なのか?不滅IPの魅力と激化する競争 野村: オペレーション以外にも懸念点はありますか? comugi: もうひとつは、目玉である「恐竜」コンテンツをめぐる競争環境です。 そもそもなぜ恐竜なのかというと、そこにはビジネス的な理由があります。 森岡氏が手掛ける「イマーシブ・フォート東京」では、当初『【推しの子】』といった人気IPのアトラクションがありましたが、リニューアルで終了しています。これは高額なライセンス料が背景にあると推測されますが、 その点、森岡氏が「不滅のIP」と語る恐竜は、いわば版権フリーで使える非常に強力なコンテンツなのです。 野村: コストを抑えつつ、集客力のあるテーマを選んだわけですね。 comugi: その通りです。しかし、その選択が差別化につながるかというと、話は別です。 海外に目を向ければ、ユニバーサル・スタジオ北京の「ジュラシック・ワールド・アドベンチャー」は絶大な人気を誇り、2025年にはタイのバンコクにも同シリーズの体験施設が誕生します。 国内でもUSJはもちろん、学術的な探求心に応える施設として「福井県立恐竜博物館」がナンバーワンの地位を確立しています。 さらに言えば、東京のよみうりランドにも2025年夏に「ディノランナー」「プテラノドンとお空の大冒険」といったアトラクションがオープンし、東京圏にも恐竜アトラクションは存在します。 そうなると、何か別の魅力を作らなければなりません。そこで注目されるのが、バカンスの要素である「スパジャングリア」です。 これは「世界最大のインフィニティ公衆浴場」としてギネス世界記録に認定されたという触れ込みで、インフィニティプール(水面と景色との境目が見えなくなるプール)でギネス記録を取ることで、話題性を作ろうという意図が見えます。 野村: そうですね。そういった合わせ技で訴求していくことが大事になってくるわけですね。 真の勝負は「リピーター獲得」。ジャングリアが描くべき未来 野村: 様々な課題がある中で、ジャングリアは今後どのような展開を描いていくのでしょうか。 comugi: 最も重要なのは、初回の話題性で訪れたお客さんを、いかにして「リピーター」にするかです。 ジャングリアの700億円という投資規模は、過去に経営で苦しんだハウステンボスや志摩スペイン村の例を考えても、継続的な集客が不可欠です。ビジネスの成否は、2回、3回と訪れたいと思わせる魅力、つまり飽きさせない工夫にかかっています。 野村: リピーター獲得は、どの施設にとっても永遠の課題ですね。 comugi: 幸いなことに、ジャングリアはまだ敷地の半分ほどを残しているといわれています。今後、この土地を活用して新しいアトラクションやエリアをどう追加していくか。常に新鮮味を提供し続けるアップデートが鍵となります。 東京ディズニーリゾートや、同じく刀が支援するハウステンボスがそうであるように、継続的な投資で進化し続けられるかどうかが、ジャングリアが沖縄の、そしてアジアの観光ハブとして定着できるかの分かれ道になるでしょう。開業はあくまでスタートであり、本当の勝負はこれからです。 <聞き手・野村高文> Podcastプロデューサー・編集者。PHP研究所、ボストン・コンサルティング・グループ、NewsPicksを経て独立し、現在はPodcast Studio Chronicle代表。毎週月曜日の朝6時に配信しているTBS Podcast「東京ビジネスハブ」のパーソナリティを務める。