汗をかきやすい夏。 現代人にとって、汗はとかくネガティブな印象を持ってしまいがちだが、発汗能力の獲得によって行動範囲を広げるなど、実は人類の進化と密接に関係している。汗と上手に付き合うにはどうすればいいのだろうか。 臭いの原因は細菌 制汗剤人気 暑いときや運動、緊張したとき、辛いものを食べたとき——。人は様々な場面で汗をかく。 汗は血液から作られ、皮膚にある「汗腺」という器官から分泌される。ほぼ全身にあるエクリン腺は、体温調節や皮膚の表面を弱酸性に保って健康を守る役割を担う。一方、わきの下など限られた場所にあるアポクリン腺は元々、フェロモンの役割を果たしていたとされる。 汗は基本的に無臭だが、成分が皮膚の細菌に分解されると、臭いのもとになる。化粧品会社ニベア花王が5月、15〜59歳の女性4000人に行った調査では「汗をかくのは気持ちいい」と答えたのは全体の29.6%。一方、「汗はなるべくかきたくない」と答えたのは70.4%に上った。 汗を抑える制汗剤の市場は拡大している。民間調査会社インテージによると、シートやスプレーなどの制汗剤の販売額は2024年に500億円と3年連続で増加した。多くの人にとって、汗は何とかしたい厄介な存在だ。 体温調節機能 長時間の運動可能に 実は、汗をかく動物は意外と多くはない。ウマやサルなども汗をかくが、人と同じようにエクリン腺によって、全身で効率的に体温調節できる動物はいないという。 人は暑さを感じると、脳が体温を下げるように指令を出し、汗腺の周囲の神経に伝わることで汗が出る。汗が皮膚の表面から蒸発するときに体から熱を奪う。体重70キロの人が100ミリ・リットルの汗をかくと、体温を約1度下げられる。米国の研究者らは、人はサルから進化する過程で発汗能力を獲得したとの仮説を唱える。森から草原に出た人の祖先は、二足で歩いたり、獲物を走って追いかけたりする能力を身につけ、体温を調節する方法として、体毛が退化し、汗腺を発達させてきたとする。 動物は体温が上昇すると、熱に弱い脳が働かなくなるなどして活動できなくなる。真夏にイヌが速く走れるのは15分程度が限界だが、人はフルマラソンも可能だ。人の祖先は草原を長時間走れるようになり、狩りなどで他の動物よりも優位になった可能性がある。神戸大の近藤徳彦教授(環境生理学)は「汗は人間の進化と密接に関わっている。現在のように人類が繁栄できた要因の一つかもしれない」との見解を示す。 不快さ解消策 近年、発汗の仕組みや機能を明らかにして、汗をコントロールする研究が進んでいる。 化粧品大手マンダムと大阪大などは23年、エクリン腺を一時的に「眠らせる」成分を見つけた。漢方薬などに使われる生薬の甘草に含まれる成分が発汗時に収縮する汗腺の動きを妨げるという。こうした成果を基に、満員電車や人混みなど臭いが気になる場面で使える新しい制汗剤の実用化を目指している。 同社先端技術研究所の原武史さん(45)は「汗腺の出口にふたをする従来の制汗剤と組み合わせることで、より効果的に汗を抑えられる」と説明する。 一方で、猛暑が深刻化するなか、熱中症予防には、効果的に汗をかくことも欠かせない。エアコンが利いた室内にずっといるのではなく、適度な運動で汗腺を活性化させ、上手に汗をかくことが重要だ。新潟大の天野達郎准教授(環境生理学)は、個人差が大きい汗腺の機能を調べてオーダーメイドの熱中症対策につなげられないか研究を進める。「汗の役割を知って、ネガティブなイメージを変えてもらえたら」と話している。