今年で111周年を迎えた宝塚歌劇団。この老舗劇団に対する“逆風”が止まらない。 *** 『べらぼう』で“すべてを脱ぎ捨てた”姿が話題となった元ジェンヌ。宝塚は伝統を脱ぎ捨てられるか 《劇団は男役を応援するファンの心理をわかっているのだろうか》 《男役さんはオフの日でもファンに見られた時に夢を壊さないように服装にも気を付けている、と聞いています。“ただの役者”ではないのですよね》 こんな宝塚ファンのコメントがXに溢れたきっかけは、7月25日、宝塚歌劇団のトップが応じた取材だった。 《宝塚歌劇団の村上 浩爾 社長が25日、「劇団員は、結婚すれば退団する」という暗黙のルールについて、見直しを検討する考えを明らかにした。兵庫県宝塚市内で報道各社の取材に答えた。「世の中の流れがあるので、議論しなければならない」と述べた》(7月26日付・読売新聞) これを受け、ファンは一斉に反発。10年以上もヅカオタだという女性は、 「私が宝塚に求めているものは、現実では味わえない夢の世界。その世界の中心にいる男役さんが結婚していて、家庭があるなんてことを想像したくありません。 “廊下や階段を直角に曲がる”ジェンヌの姿も見てみたい 男役さんも女性ですから、結婚願望があるかもしれませんが、結婚されたのなら歌劇団以外の舞台に出演すればいいだけです。理想の男性像を追いかけているファンの気持ちを考えてほしい」 と憤る。今回の発言について、宝塚を長年取材してきた女性誌の担当編集者は、 「ヅカファン以外の人にわかるように言えば、アイドルグループの“恋愛禁止”項目を運営が解除する、といった意味合い。そりゃあ、ファンからすれば“ふざけるな”となりますよね。歌劇団も、'23年の事件を受けて“変わらなくてはいけない”と思う気持ちはわかるのですが……」 伝統的な“謎ルール”も存在 ’23年の事件とは、当時、宙組の娘役・有愛きいさんが、自宅マンションの最上階から飛び降りて自死した事件だ。宙組内での“いじめ”が彼女の自死の原因と報じられたが、当初、歌劇団側はその報道を完全否定。その後遺族や世間からの猛反発を受けて、ようやくいじめがあったことを認め、組織の改革を行うことを発表した。 「歌劇団内の上級生と下級生の間での絶対的な上下関係や、憧れの舞台に立たせてもらっているのだから、自分の時間を削ってでも取り組むのは当たり前といった、ある意味“やる気搾取”のような風土がありました。それが“伝統”として代々受け継がれてきたのです」(前出編集者、以下同) 「清く正しく美しく」を掲げてきた歌劇団。そこには結婚=引退ルールの他にも、世間とはかけ離れた“暗黙のルール”がいくつも存在するという。 「生徒は廊下や階段の角は壁伝いに直角に曲がるとか、阪急電車を見かけたら一両ごとにお辞儀をするというものもあります。これは電車に先輩や阪急電車の関係者が乗っているかもしれないので、という理由なのですが(笑)。 あと面白いものでは、生徒たちはテレビなどに出演する際、物を食べているところを見せてはいけない、というものも。昔のアイドルが“トイレに行かない”などという都市伝説と同じです。それだけ神秘的な存在にしようとしていたんですね」 事件以降、細かい“ルール”は改変されているというが、元々は厳しい教育を上級生が下級生に施し、立派なタカラジェンヌに育てるという目的だったのだろう。しかし、 「過剰な気遣いが積み重なっていた」 と昨年、宝塚独特のルールについて村上理事長(当時)は振り返り、劇団の風土を今の社会に合わせていくことを語っていた。 改変ルールにファンたちは… 「その一環として、今年の1月にガバナンス体制の強化と銘打って、阪急電鉄のステージ事業の中にあった宝塚歌劇団を株式会社として法人化することを発表しました。 これまで生徒たちは、在団6年目から業務委託契約だったのが、これからは雇用契約に。阪急ホールディングスの社員として労働時間の管理など行うとしています。 今までは生徒の番手によって、公演チケットや公演DVDの販売ノルマが契約書に書かれていたのですが、それもなくなるので劇団側からすればこれまで以上に、チケット販売などについて考えなくてはいけなくなるでしょう」 これまで熱狂的なファンに支えられてきた歌劇団。そのファンにも歌劇団が“暴走”してきた責任がある、と前出の編集者はこう続ける。 「昔から歌劇団内でいじめがあったのは公然の秘密。ファンたちも見て見ぬふりでした。'08年、96期生で起こった同期生全員から除け者にされて、万引きの罪を着せられ、退学となった生徒が起こした裁判でも、歌劇団は一貫していじめがあったことを認めませんでした。'23年、有愛さんの場合は残念ながら自死という結果があったので、ファンも社会もこれまでのように一劇団の中のこと、と放っておけなかったのでしょう」 “伝統”をアップデートできなかった歌劇団。古き慣習の元に作られてきた“夢の世界”は今、改変の時期を迎えている。歌劇団が見る羅針盤の果てにある新しい“夢の世界”は、ファンたちに受け入れられるのか——。 取材・文/蒔田稔 デイリー新潮編集部