脳性麻痺により「口で絵を描く」日本人画家をニューヨークで介助して気づいたこと

口で絵を描く画家&実業家、佐藤涼さん 7月某日。私は約束の朝、ニューヨークの中心地にあるホテルの障害者専用ルームに向かった。ホテルマネジャーの帯同でドアが開くと、部屋は薄暗く、室内のムンとした湿度の高い空気が鼻をついた。 対照的に明るい笑顔で迎え入れてくれた車いすの彼。手足が不自由とは聞いていたが発声も困難が伴う。互いに自己紹介をすませてしばらくすると、彼はチューブ状のゼリーを指差し「開けてもらっていいですか?」と尋ねてきた。ちょっとした手違いで、昨晩から何も食べることができていないという。夏場なのに冷房の設定温度が適正でなかったのもそういうわけだ。私は栄養補助ゼリーのキャップを取り彼の口に含ませた。彼はすごい勢いで吸い込んでいく。その吸引力に漲る「生きる力」を感じずにはいられなかった。 私と画家・実業家、佐藤涼(りょう)さん(45歳)との初対面のシーンだ。 涼さんは生まれながらの脳性麻痺(アテトーゼ型*)のため、四肢がこわばった状態で思うように動かすことが困難だが、行動力は人一倍だ。彼は口を使って絵を描く画家で、地元青森では事業も手がける。今回はニューヨークのギャラリーでドローイングパフォーマンスをするためにたった一人で渡米した。当地に一人でやってくるのはこれで3度目。 *アテトーゼ型: 脳性麻痺の一種で、四肢の不随意運動や筋緊張の変動などが見られるのが特徴 若いころはロックバンドで頭を使ってキーボードを弾いていたが、25歳だった2005年に一念発起し、音楽仲間と特定非営利活動法人、C-FLOWERを設立。就労が困難な人に就労訓練と働く機会を提供している。 筆者はそんな彼とあるご縁で繋がり、数時間だけお世話を任された。私は車いすを押したことも障害を持つ人の介助もしたことはない。いわば介護はずぶの素人。主なミッションは朝と昼の食事介助と土産を買いに行くというものだ。 車いす利用者とNYを歩き気づいたこと そうこうしていたらランチの介助時間になった。「外に食べに行きますか?それとも買ってきたものを部屋で食べますか?」と聞くとどちらでも良いと言う。外の空気を吸いたいのではないかと思い外食を提案すると、涼さんは笑顔で応じた。 私は慣れない車いすを押し、涼さんと外へ出た。ホテル前に出て初めて、障害者目線でさまざまな段差があることを意識した。はす向かいにあるランチ処にたどり着くまでに段差が最低2箇所ある。「段を降りるときは後ろ向きに。上がるときは後方バーを踏んで車いす前方を持ち上げながら」。彼の指示の下に試してみたところ、想像していたよりもスムーズにできた。よし! 飲食店ではスタッフに「どこから来たの?」などと質問されたり、広めのスペースを快く提供してもらったりでリラックスできた。食後に店を出る際は頼んでいないのに近くに座っていた若い女性客が立ち上がり、出口のドアを開けてくれた。 土産屋を探して歩いていると、涼さんは「めちゃくちゃ楽しい〜」と笑った。この言葉を聞いて、外食に誘って心からよかったと嬉しくなった。途中、歩道に座っていた30歳くらいの黒人男性から不意に「God Bless!」(神のご加護を)と声がかかった。涼さんは笑顔で「Thank you!」と返答。なんでも彼は2019年、初回の渡米時に英語の必要性を痛感し、それ以来、地元でネイティブの講師から英語を学んできたそうだ。 ドアを開けてくれた女性といい温かな声がけをしてくれた男性といいそれぞれのちょっとした優しさに胸を打たれていたところ、今度は通行人の男女から「Welcome to New York!」と思いがけず歓迎された。「何日滞在するの?どこから来たの?名前は?」と矢継ぎ早に質問が飛んできた。涼さんが画家だと知ると男性は「偶然の一致だね!私もグラフィティーアーティストなんだ」と言ってフィストバンプを交わした。 そのほかにも小一時間でミラクル&ハプニングは続き、その都度ニューヨーカーが手を差し伸べてくれた。私もとても嬉しくこの街が誇らしく思えた。 ただし日々の生活は楽なことだけではないようだ。彼が前日に訪れた美容院は2階にあり、介助できる人がその場にいなかったため、車いすを降りて自力で階段を這い上がったという。彼が日々直面している困難は、私の想像をはるかに超えるものだろう。 後編記事〈脳性麻痺により「口で絵を描く」日本人画家、不自由な身体でもたった1人のニューヨーク行きに挑戦するワケ〉では、佐藤涼さんが今回の渡米のような「挑戦」を続ける理由に迫る。 【後編を読む】脳性麻痺により「口で絵を描く」日本人画家、不自由な身体でもたった1人のニューヨーク行きに挑戦するワケ

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