米艦隊に撃破され戦死、搭乗機が落下して死亡…意外と知らない、「戦争特派員の人生」

「状況芳しくなく、腹は決まっています」 「これが最後の通信になるかもしれません」 「足の悪い者や病人は濁流の中に呑まれて行く」 最前線、爆弾投下、連絡員の死、検閲……何が写され、何が写されなかったのか? 新刊『戦争特派員は見た——知られざる日本軍の現実』では、50点以上の秘蔵写真から兵士からは見えなかった〈もうひとつの戦場〉の実態に迫る。 (本記事は、貴志俊彦『戦争特派員は見た——知られざる日本軍の現実』の一部を抜粋・編集しています。秘蔵写真の数々は書籍でお楽しみいただけます) 蘭印=オランダ領東インド シンガポールでの取材を終えた東日の安保久武写真部員は、1942年3月1日にジャワ・バタビア沖海戦(スンダ海峡海戦)で戦死した東日写真部の伊東修(京都市出身、享年28歳)の代わりとして、ジャワに派遣された。 日本軍がジャワ島を占領した直後の3月13日、安保は父親の死を聞かされる。そして急遽、帰国の途に着く。ジャワ島のバタビア(現・ジャカルタ)からシンガポールへ移動後、軍機でプノンペンに着き、乗り合いバスでサイゴンへ移動、列車でハノイへ。さらに民間飛行機に搭乗して、広東・上海経由で北京に到着する。その後、家族同伴で天津の塘沽から神戸経由で東京に戻っている。戦時下の大旅行であった。 帰国後にはささいなことから記者証を返還したために、即座に召集となり、1943年7月に入隊することになった。長沙・衡陽の戦いに加わるものの、輜重隊員の一兵士として中国の大地を踏む。撮影する機会は失われた。 一方、戦死した伊東は、ジャワ・バタビア沖の海戦を取材するために貨物船「佐倉丸」に搭乗していたところ、米艦隊によって撃破されたのである。同乗していた電信課員の成迫忠儀は戦傷を負っただけであった。 伊東は、1937年9月第2次上海事変のとき東日上海支局の連絡員となり、数々の激戦に従軍し、翌年12月には南京支局に転勤する。その後帰社して、1941年以降には出版編集部東京駐在、東日写真部に在職した。太平洋戦争勃発と共に特派員として陸軍に従軍し、戦死に至ったわけである。郷里の京都市の山口仏教会館で本社葬が開かれたのは、亡くなってから5ヵ月あまりが過ぎた頃であった。 日本軍のジャワ派遣軍は、島西部のエレタン海岸に上陸し、伊東修が戦死した3月1日にカリジャティ飛行場を占拠する。 その1週間後には、この飛行場で蘭印側の降伏調印がおこなわれている。このとき派遣軍の唯一の記者が、東日地方部記者の大西宗九郎(岐阜県関市出身)であった(写真は書籍『戦争特派員は見た』でご覧ください)。 大西は、中央大学専門部法科卒業後、1938年4月に東日に入社。横須賀支局から本社地方部勤務となるが、太平洋戦争勃発と共に台湾南部の高雄に特派される。その後、フィリピン、香港などで取材報道をつづけ、さらにジャワへ向かった。 1942年春に大西は帰途につくはずであったが、4月末に小スンダ戡定作戦が開始され、急遽この取材にも参加することになる。リュックを背負って、ロンボック、スンバワの島々に従軍取材をつづけた。さらにジャワ島に戻ってからは飛行隊付として従軍する。11月10日にジャワで米戦艦を攻撃する陸軍の荒鷲機に同乗したものの、気流の急激な変化により搭乗機が落下して死亡する。享年30歳であった。 現地軍による死亡発表は1ヵ月後にあった。日本での社葬は、死亡からほぼ3ヵ月後、岐阜市大谷派本願寺別院で高石会長が祭主となって開催された。 本記事の引用元『戦争特派員は見た——知られざる日本軍の現実』では、日中戦争から太平洋戦争、その後まで、特派員の人生や仕事からその実態を描いている。書籍には50点以上の秘蔵写真を収録していますので、ぜひご覧ください。 貴志俊彦(きし としひこ) 一九五九年生まれ。広島大学大学院文学研究科東洋史学専攻博士課程後期単位取得満期退学。島根県立大学教授、神奈川大学教授、京都大学教授などを経て、現在はノートルダム清心女子大学国際文化学部嘱託教授。京都大学名誉教授。専門はアジア史、東アジア地域研究、メディア・表象文化研究。主な著書に『イギリス連邦占領軍と岡山』(日本文教出版株式会社)、『帝国日本のプロパガンダ』(中央公論新社)、『アジア太平洋戦争と収容所』(国際書院)、『日中間海底ケーブルの戦後史』『満洲国のビジュアル・メディア』(以上、吉川弘文館)、『東アジア流行歌アワー』(岩波書店)など、多数の研究成果がある。最新刊『戦争特派員は見た』(講談社現代新書)。 【つづきを読む】「これが最後の通信になるかもしれません」…日本軍兵士からは見えなかった「もうひとつの戦場」

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