“名画座の閉館”相次ぐなか東京のど真ん中に「ミニシアター」が誕生 「岩波ホール」「ギンレイホール」の“遺伝子”を受け継ぐ

映画館を取り巻く現状  近年、町の書店が続々と閉店しているが、おなじく消えつつあるのが、小規模映画館「ミニシアター/名画座」だ(以下、「ミニシアター」)。 【写真を見る】東京の“ど真ん中”にオープンするミニシアター……気になる全貌を公開  実は、日本の映画館は、スクリーン数でいえば、爆増している。「映画上映活動年鑑2024」(一般社団法人コミュニティシネマセンター編)によれば、日本の全スクリーン数は「3709」。この10年間で256スクリーンも増えているのだ。しかしそのほとんどは、大型施設「シネマ・コンプレックス」(シネコン)の増加によるものである。実に全スクリーンの約89%が、シネコンで占められているのだ。 このビルの地下に、「シネマリス」が開館予定  同時に、ミニシアターも、データだけ見れば、微増ではあるが、増えている。この10年間で、31館60スクリーン増加している(日本全国の現状は「142館246スクリーン」)。たとえば近年の東京に限っても、「シネマ・チュプキ・タバタ」(北区)、「シネマネコ」(青梅市)、「ストレンジャー」(墨田区)、「シモキタ‐エキマエ‐シネマ K2」(世田谷区)などがオープンした。  ところがその一方で、老舗ミニシアターは、続々と閉館している。2022年は、神保町「岩波ホール」と、神楽坂「飯田橋ギンレイホール」が閉館した。地方でも、関西の名門「テアトル梅田」が閉館(のち、別劇場が改名して再開)。2023年には名古屋の老舗「名古屋シネマテーク」や「名演小劇場」、リニューアルしたばかりの「京都みなみ会館」も閉館。2024年には仙台「チネ・ラヴィータ」、福岡の老舗「中洲大洋」も閉館した。  理由は様々である。建物の老朽化や建て替え、後継者不在、動画配信の定着、コロナ禍による客数減……。なかでも大きいのが、デジタル上映機材の導入からほぼ10年を経て、多くが買い換えの時期にあたっている点だ。1台1000万円前後の経費を要するだけに、ただでさえギリギリの経営でやってきたミニシアターにとっては、大きな負担となっているのだ。  そんなニュースばかりが伝わる昨今、なんと、東京のど真ん中、神保町・御茶ノ水エリアにこの秋、新たなミニシアターがオープンするとのニュースが飛び込んできた。  その映画館の名は「CineMalice」(シネマリス)。場所は、千代田区神田小川町。2020年3月に閉店した〈ヴィレッジヴァンガードお茶の水店〉の跡スペース(地下)である。ほぼ神保町のど真ん中に近い。JR/地下鉄丸の内線「御茶ノ水」駅、地下鉄「神保町」駅から、それぞれ歩いて5〜10分の距離である。明治大学駿河台キャンパスの裏手、1日中行列が絶えない「うどん丸香」の近くといえば、ピンとくる方も多いのでは。お隣は、出版社・幻戯書房。夏目漱石が卒業したお茶の水小学校(旧・錦華小学校)もすぐそばだ。  いったい、どういう映画館なのだろうか。さっそく、話をうかがいに、神保町へ行ってきた。 「キミもオーナーになれる!」が始まり  取材に応じてくれたのは、支配人の稲田良子さんと、副支配人の藤永一彦さん。おそらく、神楽坂にあった名画座「飯田橋ギンレイホール」のファンだったら、藤永さんの顔には見覚えがあるにちがいない。 「わたしは、もともと法律事務所に勤務する会社員だったのですが、映画が好きで、結婚前の夫とともにギンレイのファンで、年間パスポート会員でした」(稲田さん)  ギンレイの年間パスポートは“名画座界”の名物システムで、いまでいう「サブスク」の先取りだった。 「そろそろ、人生の後半に差しかかり、何か新しいことを始めたいと思っていたところ、映画館オーナーになれるチャンスがあるけど……という話が舞い込みました」  にわかには信じられない話だが、映画館とは「たまたまチャンスが舞い込んで始められる」事業なのだろうか。 「実は、その時の話は、あっさりなくなりました。ですが、いったん浮上してきた“映画館を始める”という考えは簡単には消えてくれず、あらためて一から自分で調べ始めました。ところが、先々で出会う方々が、みなさん、面白がってくれて、どんどん話が進んでいったんです。たとえば不動産屋さんに電話して相談すると、相手にされないどころか、『いまどき面白い話だ』と最初から協力的でした。そうやって、あちこちに相談するうちに、ギンレイホールの藤永さんとお知り合いになりました」  藤永さんは、日本のミニシアターの草分け的存在、「シネ・ヴィヴァン六本木」を経て、「ギンレイホール」で長くつとめてきた、ベテランの映画館スタッフである。 「ギンレイは、あくまで建物の老朽化にともなう、“一時閉館”でした。実は、移転先も、すぐ近くで、かなり具体的になっていたんです」(藤永さん)  たしかに館主の加藤忠さんは、2022年11月の閉館時、「このまま閉館はしません。いま、新しい場所の最終調整中です」と語っていた。しかし、諸般の事情で、いまだ実現には至っていない。  そこで、藤永さんが、ひと肌脱ぐような感じで、「シネマリス」プロジェクトに参加することになった。 「藤永さんが加わってから、さらに具体的に進むようになりました。〈ヴィレッジヴァンガードお茶の水店〉の跡スペースという、奇跡的なまでに、広さも地の利もピッタリの場所が見つかりました。地下ですが、興行許可が下りるための諸条件も、なんとかクリアできました。ビルのオーナーさんが、文化芸術に造詣が深く、こういうポップ・カルチャー的な事業にたいへん理解のある方で、その点も、とてもうれしい出会いだったと思っています。小さいながらも、2スクリーンの映画館ができましたので」  ええ? 「シネマリス」は、「2スクリーン」? ギンレイの“遺伝子”を受け継ぐミニシアター 「そうなんです。シアター1は67席予定で、新作ロードショー中心。シアター2は64席予定で、準新作、旧作中心。ともに、洋画邦画にはこだわりません」(藤永さん)  いまの神保町に、新作ロードショーの映画館がオープンするというのも、驚きだ。以下、藤永さんに解説してもらおう。 「オープン当初は、特別企画を予定しているので、新旧を織り交ぜた特集になる予定です。スペースとしては、東京の名画座ファンでしたら、ラピュタ阿佐ヶ谷さん(48席)、シモキタ‐エキマエ‐シネマK2さん(71席)をご存じでしょう。だいたい、あれくらいの広さのシアターが2つあるミニシアターだとお考えいただいてよいと思います」  そして大きな特徴が、ギンレイ名物だった年間パスポート、「サブスク」システムの導入だ。 「準新作・旧作が中心となるシアター2に、サブスク制を入れる予定です。年額2万2000円(税込)で、対象作品が観放題となります。1か月4〜6本、年間50本程度の上映予定ですが、全部観ると1本あたりの料金は400円ちょっとになりますし、好きな映画を何回も観ていただけます。ただし、学生さんなどには高額だと思うので、その場合は、月単位で2500円(税込)のサブスク制もあります。チケットは、オンラインと窓口の両方で購入可能です」  それにしても、「映画を年間50本も観るひとがいるのか」「今年は『国宝』1本で十分だよ」——との声が聞こえてきそうだが、50本どころか、年に数百本観る映画マニアなど、いくらでもいる。ラピュタ阿佐ヶ谷やシネマヴェーラ渋谷に行けば、1日で6本観ることができる。毎晩、国立映画アーカイブや新文芸坐に必ずいるファンも多い。彼らにとっては、年間50本など屁でもないのだ(ちなみに筆者は、ここ数年は年間200本前後。配信や試写会も入れると250本くらいか)。 「ただし、上映はデジタルのみで、フィルム上映には対応していません。よって、デジタル化されていない古い日本映画などは、残念ながら、かけられないので、それはぜひ、ご近所の神保町シアターさんでご覧いただきたいと思います。そのかわり、レーザー2K上映で、メインスピーカーはメイヤー・サウンド、エレクトロ・ヴォイスを導入予定で、音には十分こだわります」  かように、新生「シネマリス」は、ギンレイの“遺伝子”を受け継いでいるのである。だが、もうひとつ、稲田さんや藤永さんが思いを寄せるのが、2022年7月に閉館した、神保町カルチャーの代名詞とでもいうべき、「岩波ホール」だった。 館名「シネマリス」の意味は……  岩波ホールは、1968年に開館した。当初は多目的ホールだったが、1974年から良質な映画を発掘し、上映する「エキプ・ド・シネマ」運動の拠点となり、映画専用ホールとなった。日本で初めて「完全入れ替え制」「定員制」(立ち見不可)を導入した映画館である。「惑星ソラリス」(アンドレイ・タルコフスキー監督、1972)、「旅芸人の記録」(テオ・アンゲロプロス監督、1975)、「八月の鯨」(リンゼイ・アンダーソン監督、1987)などの名作を発掘、上映しつづけてきた。1作を最低1か月上映することでも知られ、「宋家の三姉妹」(メイベル・チャン監督、1997)は半年のロングランとなった。 「いま研究中ですが、ぜひ、岩波ホールの“精神”を受け継ぐような特集上映を組みたいと思っています。また、いまは致し方ないとはいえ、映画の上映期間がどんどん短くなっている。よほどのヒット作品でないかぎり、すぐに上映が終わってしまう。ギンレイは2本立てで、2週間、上映していました。岩波ホールのような1か月上映は無理としても、サブスク上映では、2週間上映を目指したいです」(藤永さん)  ちなみに館名「シネマリス」は、稲田支配人の命名だが、 「動物の名前が入っていると可愛いと思ったんです。キャラクターも作れますし。そこで〈シネマ〉+〈リス〉にしました。ロゴマークも、リスの絵です。」 〈シネマリス〉は、同時に、〈シネ〉+〈マリス〉とも読める。〈マリス〉は古代イタリアの神話で農耕の神様で、また、ラテン語だと〈海の〉。〈ステラ・マリス〉=〈海の星〉、これは聖母マリアを意味する。  実は「シネマリス」は、この8月に開業する予定で、クラウドファンディングもすでに目標額をクリアしていた(8月15日まで実施中)。しかし、主にトビラ・シャッター関係の設計・工事に予想以上の時間がかかり、いまのところ、10月以降の秋に延期になった。  今回、建設予定地の内部も見学させてもらったが、とてもゆったりした豪華な椅子も、一部、届いていた。 「昨年3月に閉館した、仙台〈チネ・ラヴィータ〉さんからいただいた椅子もあります」(藤永さん)  岩波ホールなきあと、神保町シアター1館だった神保町に、新しい映画館が誕生する。ギンレイホール、岩波ホール、チネ・ラヴィータ……多くのミニシアターの“遺伝子”を受け継ぎながら、神保町「シネマリス〉は、開館の日を待っている。 森重良太(もりしげ・りょうた) 1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。 デイリー新潮編集部

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