水木しげるさんが描いた軍隊内の暴力、私的制裁の常態化…不気味さが訴えかける戦場のリアル

家族の記憶<3>水木しげると長女・尚子さん 次女・悦子さん(下)  水木さんは、軍隊内部の日常的な暴力も、随所で繰り返し描き出している。  <きさまら たるんでる/ビビビビビ/ビビビビッ/分ったかーっ/はーい/声が小さい/ビビビビビン>(『総員玉砕せよ!』)  <古兵側は、非常にいいことをしているという意識がある><軍隊では畳と初年兵はなぐるほど良くなるという明治時代からの金言がはばをきかしている>(『水木しげるのラバウル戦記』)  軍は表向き、私的な制裁を禁じてはいたが、ためらったり、とがめたりする空気は隊内にまったくない。水木さんも覚悟はしていたようで、入隊前に慌てて虫歯を治している。殴られる際に歯を食いしばらないといけない、とどこかで聞いていたのだ。まるで軍の伝統であるかのごとく常態化したこの暴力は、いったい何だったのだろう。 徴兵制  「背景や構造を無視すると、その暴力の本質は見えてきません」。埼玉大教授の一ノ瀬俊也さん(54)は言う。「帝国日本は明治期、形の上では近代的な軍隊を作りましたが、戦争とまったく関係のない人に兵役の義務を課した。忠誠の対象は天皇で、上官の言うことは天皇の命令だと説明しても、彼らの士気が上がるはずもない。だったら殴ってでも言うことを聞かせる。そういう暴力だったのです」  日本の徴兵制度は、大日本帝国憲法制定前の1873年から始まり、日中戦争や太平洋戦争では、700万人超もの国民が戦地などに差し向けられた。短期で終結させるはずの中国との戦争は泥沼化し、対英米蘭開戦で戦域が拡大したためだ。政治は軍事を制御できず、戦争の出口はまったく見えてこない。部隊に鬱憤(うっぷん)がたまっていく。  「満州事変までは、領土や賠償が得られるかもしれない、戦争は国のためになる、という理屈が通った。それが日中戦争あたりからよく分からなくなる。兵士たちが張りつけられ、暴力を受け続けたのは、いつ帰還できるとも分からない戦地でした」(一ノ瀬さん) 異様な価値観  水木さんも、当時の心境をこう明かしている。<私は、戦術のことなぞ知らないから、その上、なんだか知らないがバカな戦争のような気がしていたから、兵隊に行ってもみが入らない>(『妖怪天国』)  そのバカげた戦地で待っていたのは、異様な価値観を持つ軍人たちだ。「総員玉砕せよ!」は、その行動を克明に描く。息のある兵士の指を切り、遺族のために遺骨を持ち帰ろうとする。幹部に自決を強いる。自ら死を選ぶ。部下を死の道づれにする……。  戦争は終わりはした。徴兵制もない。しかし、水木さんが描いたのは、過去の狂気なのか。一ノ瀬さんは言う。「当時はおかしかった、と片づけてしまう前に、日常的な暴力にしろ、軍人たちのメンタリティーにしろ、どうしてそうなってしまったのか、この時代とはほんとうに無縁なのか、頑張って考える、それが今、『総員玉砕せよ!』を読む意味だと思います」  軍隊のリアルを繰り返し描いた水木さんは、暴力も死も常態化させてしまう不気味な力を感じてもいた。<新聞やラジオでもエライ人たちが訓話をやった。(※古代ギリシャの)スパルタでは、戦争に行く若者に、母親が生きて帰るなといったとか、国のために死ねるのは若人(わこうど)の特権だとかいうのだ。若者たちは、まるで全国民におどかされて死におもむいているようなものだった>(『ほんまにオレはアホやろか』※記者補足)

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