終戦の日の１５日に開かれる政府主催の全国戦没者追悼式に、８歳上の兄を亡くした千葉県船橋市の垂井和夫さん（９７）が初めて参列する。 　兄は太平洋戦争の激戦地・マリアナ諸島のテニアン島で戦死し、遺骨は見つかっていない。同島を慰霊に訪れながらも、過去の追悼式には出られなかった垂井さんは「参列できなかったのは最後の心残りだった。平和の尊さをかみしめながら兄を悼みたい」と語る。（浜田喜将） 　２６年前の夏。テニアン島を初めて訪れた垂井さんは、透き通るような美しい海に浮かぶ島の地形を見て、思わず息をのんだ。山がほぼなく、平坦（へいたん）な土地が広がるばかりで姿を隠せる場所がない。「これでは助からないわけだ。さぞ無念だったろう」。兄のために手を合わせた。 　東京・赤羽で、５人きょうだいの末っ子として生まれた。２番目の兄の正光さんは１９４０年、２０歳で海軍に召集された。 　家族思いで優しい兄だった。テニアン島に向かう前、千葉県に滞在していた正光さんを母と訪ねると、海で一緒に地引き網漁を体験させてくれた。バケツいっぱいにとれたイワシを抱えて笑い合ったのが、正光さんとの最後の思い出となった。 　その後、正光さんは当時日本の委任統治領で、米軍が攻略に乗り出したテニアン島に海軍航空隊員として出征。日本軍は圧倒的な戦力差の前になすすべなく、正光さんも戦死した。２５歳の若さだった。 　厚生労働省によると、テニアン島では軍人ら日本人約１万５５００人が亡くなったとされる。当時から戦況の厳しさは伝え聞いており、垂井さんは兄の死を知っても、「やはり助からなかったか」と思うよりほかなかった。 ◎ 　テニアン島やサイパン島などを占領し、爆撃機の出撃基地を整備した米軍は、日本への空襲を本格化。垂井さんが暮らす東京も４４年１１月頃から大規模な空襲に相次いでさらされた。 　焼夷（しょうい）弾で自宅近くの工場などが次々と焼かれ、同級生も犠牲になった。火の手から逃れようとしたのか、近くの川に何人もの遺体が浮かんでいた。「命からがら生き延びられた」。当時の恐怖は今なお生々しい。 　翌４５年の８月１５日、自宅で母と玉音放送を聞いた。大切な兄や友人を死に追いやった憎き戦争が終わったのに、当時１７歳の軍国少年に湧いた感情は「戦争に負けて悔しい」。涙も出ず、自ら戦地に行ってやり返したいとまで考えた。 　それでも、終戦後に結婚して２人の子宝にも恵まれ、穏やかな日々を送るうち、「戦争に突き進んだのは大きな過ちだった」と思うようになった。正光さんへの思いも募り、慰霊行事に参加したりテニアン島を訪ねたりしてきたが、全国戦没者追悼式は都合が合わず、一度も参列できなかった。 　国のために赴いた戦地で亡くなり、遺骨すら見つかっていない正光さん。「戦後の平和は兄をはじめとする大勢の犠牲の上に成り立っていることに思いをはせたい」。１５日の追悼式では、改めて不戦を誓うつもりだ。