【戦後80年】独自・日米開戦前に敗戦を予測した「総力戦研究所」所長の孫・飯村元駐仏大使が語る「なぜ負けると分かっていながら戦争に突入したのか」

 日米開戦の3カ月前、官僚や陸海軍、民間から選抜したエリートからなる総理大臣直属の「総力戦研究所」は「机上演習(シミュレーション)」を行い、「日本必敗」との予測を出した。終戦から80年を迎えるなか、「総力戦研究所」を立ち上げ、所長として苦闘した飯村穣元陸軍中将の孫・飯村豊元駐仏大使は、祖父への思いを語るとともに、なぜ負けると分かっていながら戦争に突入したのかを問い直し、「いまを、戦前にさせない」への教訓を探る。(聞き手 報道局 福澤真由美記者) ■「国としての統一した意思を形成できなかったことがポイントだ」 ーー「総力戦研究所」については、ノンフィクション作家の猪瀬直樹氏の「昭和16年夏の敗戦」をはじめ、本やテレビドラマなど紹介されているが、研究所を立ち上げ、所長をつとめたのは、飯村元大使の祖父・飯村穣元陸軍中将だったとは驚いた。  自分から祖父のことをすすんで言うことはほとんどなかったが、祖父・穣の長男が繁で、私が父・繁の長男なので、昔の言い方なら、私が飯村家を継ぐことになる。  祖父・穣(1888年生まれ、1976年没)は、昭和16年(1941年)1月、関東軍参謀長から内閣総理大臣のもとに新たに設立された「総力戦研究所」所長に任命され、ここで日米戦争の予測を行ったことが歴史に刻まれている。戦後、祖父は、このことで名を知られたのを予想外のことと言っていた。祖父にしてみれば軍人である以上、南方軍総参謀長として、負け戦ではあったが米軍とのレイテ島決戦を行った時期が最も強烈な印象を残した時期であったのであろう。だからこそ、晩年脳梗塞で倒れた時に、混濁した意識の中で「米軍を海に叩き落とせ」と叫んだのだと思う。 ーー「総力戦研究所」と言えば、「日本必敗」という予測を出したことでよく知られているが、実際はどうだったのか。            当時、各省庁、民間企業、銀行の優秀な職員が内閣総理大臣直属の研究所に集まり、一年間研究生活を送ったこと、特に昭和16年(1941年)8月の日米戦の机上演習(シミュレーション)が行われ、その結果は日本がアメリカと戦った場合、総合国力の差から必ずや敗北するとの結果が出たということだ。  この演習結果は、官邸において時の内閣総理大臣の近衛文麿に報告されたほか、陸軍大臣の東條英機大将は、毎日のように演習を見に来てメモをとっていたと聞く。しかしながら、日本の国策に反映されることなく、日本は戦争に突っ込んでいったのである。当時の日本は、国内が混乱し、国としての統一した意思を形成できなかったことがポイントだと思う。 ■「総力戦研究所」の7年前に、参謀本部でも「日本必敗」と予測していた秘話 ーー政治・軍事指導部は「総力戦研究所」の敗北という予測結果を目にしながら、「開戦」の決断をしたということなのか。  実は、祖父はこの「総力戦研究所」の演習に遡ること7年前の昭和9年(1934年)参謀本部欧米課長のころ、参謀本部内で同様の図上演習を行っていた。そのことは、ほとんど知られていない。  祖父の回顧録を引用したい。 『私は、欧米課長 当時 、我が国には海軍軍縮問題に起因して米国と戦うべしとの意見が盛んに行われたのを見て、日米戦争を口にする人々は米国と戦ったならばどうなるかを真剣に考えているのかを疑った。  永田少将(注・参謀本部第二部長、後に陸軍省軍務局長となり、暗殺される)に代わった 磯谷廉介少将の同意を得て、支那課を含めた第2部の部員を専習員として、米国と戦ったならばどうなるかの図上戦術を行った。  戦時財政を専門に研究している森主計中佐にも参加してもらい、参謀本部の他の部員の参観も随意にした。米軍には 辰巳少佐(注・駐英武官を3回勤め、後に吉田茂首相の軍事問題の非公式顧問になる)がなり、 私の補佐官として記事の編纂に当たったのは磯村少佐 (注・元駐仏武官。NHKのニュースキャスターをつとめた故磯村尚徳氏の父親)であり、 演習は毎日行って10日ほど続いた。  記事は 3部作り、1部は(参謀本部) 第2部に保管し、他の1部は作戦課長になって着任してきた石原莞爾大佐に渡した。1部は私のところに保存したが、終戦後米軍の手に渡さないため焼却した。要は、王手のない敵との戦争がいかに困難であるかを知ってもらうためで、辰巳少佐が想定した敵の進路は実際に行われたものと全く同一であった』  1934年の時点で、参謀本部ではすでに「日米が開戦したら日本必敗」という予測を立てていて、当時の石原莞爾作戦課長も知っていた。1937年の日中戦争の前にも、軍部では日本は日米戦争に負けることを予測していたのだ。しかも、「王手のない敵との戦争がいかに困難である」という勝てない理由を指摘していた。 ■「なぜ負けると分かっていながら戦争に突入したのか」、祖父の2つの反省  祖父は戦後、二つの反省を述べていた。  一つは、「作戦だけを習得し、作戦と本質を異にする 戦争のことを知らない軍部が知りもしない 戦争を知っていると錯覚したこと」、同時に「政治家は軍事を勉強しなかったこと」をあげ、例えばイギリスではチャーチルなどが政治・軍事双方を見ながら、国を指導していたこととの違いを指摘している。  もう一つは、「軍内に下克上の雰囲気が醸成されたこと」を指摘し、「陸軍の実権が佐官クラスの横の連絡により握られた」旨を述べている。さらに「二・二六事件を起こした青年将校たちは、"荒木・真崎"と陸軍大将 、参謀次長を呼び捨てにし、友達扱いにし、直属上官のごときはこれを馬鹿にして言うことを聞こうともしなかった。 軍は軍紀をもって成立する。「下克上」はここに極まり、これはまさに軍の崩壊であった。この下克上の結果が二・二六事件となったのであり、その混乱の結果が 陸海軍大臣の現役制となり、これにより政権は完全に 軍部の手に帰した」と話していた。  祖父は軍人の跳ね上がりを嫌っていたようで、軍人勅諭にある「軍人は政事に関与することを得ず」を厳守することを重視し、また下克上が軍内に蔓延し若手将校が政治に関わるようになったことを嫌っていた。 ■アメリカ人に「あなた達、座りなさい!」と一喝した祖父 ーー飯村元大使から見た祖父・穣さんはどんな人だったのか。最も印象深い思い出を。  祖父の性格は温厚で、部下を大切にする人だった。部下の人望がない人物は、戦場で指揮はできないとの考えを持っていたようだ。戦後も戦争前の部下の方々がよく世田谷の自宅に大勢来ておられた。茨城県の筑波山の麓の名主の家に生まれたので、農民的な辛抱強さも持っていた。  また、曲がったことが嫌いで、私の印象に残っている思い出は敗戦から6、7年後に、明治神宮に流鏑馬を見に行った時のこと。当時は、日本にいるアメリカ人がすごく威張っていたのだが、私たち日本人の観客が椅子に座って静かに流鏑馬を見ている前で、アメリカ人たちが立ったまま、群れを成して、観客の前に立ちはだかるようにして写真を撮っていた。次第に祖父は怒りを感じ始めたらしく、大きな声で「あなた達、座りなさい!」と一喝した。そのころは日本で支配的な地位を持ったアメリカ人に皆遠慮しており、アメリカ人を叱ることなど考えられなかったので、祖父の一喝で彼らはびっくりして、恥ずかしそうにすごすごと自分の席に戻っていた。祖父は日本語で叱った。軍人として鍛えた声と迫力で意思が通じたのだろう。子供だった私にとって忘れられなかった。  ■8月15日を迎える孫・飯村豊元大使の願い ーー戦後80年の終戦記念日を迎える今、飯村穣元陸軍中将の孫として、どんな思いを抱いているのか。  私から3つのことをお伝えしたい。 ・平和は祈り、語りつぐだけでは得られない。どのようにしたら平和を達成できるのかよく考えなくてはならない。 ・歴史を語るのは難しいことを認識しなくてはならない。何が本質か深く考えることが必要。(一部のメディアは史実を軽薄に捉え、エンタメ化していく傾向) ・平和を語るのであれば、世界に目を開き、多くの国々の体験に学ばなくてはならない。また苦しんでいる人々・民族に同情と共感を持たなくてはならない。たとえば、イスラエルに大量虐殺されているパレスチナの人々の命運に日本人はあまりに無関心。8月15日はそういうことを考え、行動すべき日ではないか。 <飯村豊さんプロフィール> 1946年10月生まれ。外交安全保障研究フォーラム代表。元駐インドネシア特命全権大使、元駐フランス特命全権大使、元中東・欧州担当政府代表。

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