「ちょっとちがってだいたいおなじ」絵本作家・いとうひろしさんの『おさるのしま』が深すぎる…”林立する多様性”に考えること

国連でSDGsが採択されてから10年あまりになる。 世界は貧困や飢餓、争い、気候変動や環境問題など、これまでになかったような多くの課題に直面している。これらの課題を解決して、よりよい世界を作るための世界共通の目標がSDGs(持続可能な開発目標)である。 目標達成の2030年が目の前に迫っている今、改めて私たちが取り組むべきことを考えてみたい。その手掛かりとなる本を紹介しよう。 <日本人は気づかない…フランス人が「おいしいカキ」を育てるために、やっている「圧倒的なこだわり」>につづき、多様性の大切さについて書かれた物語『おさるのしま』の著者であるいとうひろしさんに、文書回答を寄せていただいた。 〈この本で学べるSDGsは?……大きな声でほえるおさるたちは、海の向こうの大きな陸地からやってきた。森林が失われて暮らしていけなくなったからだ。森林がなくなると、たくさんの生き物が生きていけなくなる。島に引っ越してきた大きな声でほえるおさるたちも、ちょっと違っているけれど、あとはだいたい同じおさる。だから、いつもと同じように、いっしょに暮らしていく。この本は「多様性」の大切さについて書かれている。私たち世界中の人間についても、深く考えさせられる〉 『おさるのしま』を書くきっかけ 【ストーリー/南の島に住んでいるおさるたち。おさるのしまでは、いつもおんなじ毎日が続いている。でも、ある日突然、大きな怖い声が聞こえてくるようになる。最初はまものだと思い、恐怖を覚えるけれど、勇気を出してその姿を見てみると——。本は読者のものであり、読み方は読者の自由。読書本来の自由で創造的な読み方を大切にしながら読みたい本】 〈『おさるのしま』を書こうと思ったのは、あるきっかけによるものだったという〉 いとうひろしさん(以下、いとう):日本の非人道的な移民政策やネット上の外国の人々へのヘイトスピーチには、以前から憤りを覚えていました。 また、この本を書く頃、入管法の改正が予定されたり、名古屋の入管でスリランカの女性が収監中に亡くなったりの報道がニュースで取り上げられ、いつも以上に難民、移民への関心が高まっていました。 そんな時に知人が主催する「難民、移民フェスティバル」へ行きました。そこで、多くの難民の人たちを目にすることで、難民、移民の問題は、テレビやネット上のことではなく、実際にこのような人たちが今の日本で暮らしているんだということを実感しました。 いとう:お祭りで彼らは明るい顔をしていましたが、普段は、不自由で厳しい生活を送っていることも教えてもらいました。 このような人たちが、日本において何の違和感もなく、普通に生活していけるように何かお手伝いができないかなと思ったのが、この本を書くきっかけになりました。 「ちょっとちがってだいたいおなじ」という心のありようが有効 〈同じようななかまと暮らしていた島に、すこし違う何かが来て、おさるのぼくは不安を覚える。「よくわからないと こわいんだね。わからないまま こわがっていると どんどん こわくなるんだ」とぼくはいう〉 いとう:よくわからないものを怖がるのは、人が想像する生き物だからです。想像することができるから、人は、将来の希望も他の人への思いやりも持つことができます。想像力は、人が獲得した最良の能力だと思います。 ところが厄介なことに、創造力は恐怖や不安も生み出します。そして、曖昧な知識や不確かな情報がそれを助長します。 無意味な恐怖や不安を払拭するためには、直接現物に当たるのが一番ですが、これはなかなか大変です。 普段の私たちがあやふやな情報で自分を見失わないためにできることは、自分が抱いた恐怖や不安が本当に妥当なものなのか、それを生み出した元々の情報等は信頼に値するのか、批判的に見直す習慣をつけることだと思います。 〈ラストシーンで「みんな、それぞれ ちょっとずつ ちがうけど あとは だいたい おなじ」といって、もともと島にいたおさるたちと、あとからやってきたおさるたちは、みんなと一緒に暮らしていく〉 いとう:自分と同じ人はいません。みんな違ってます。違っているから楽しいのだと思えれば、どんな人とも一緒にいられそうですが、違っているのが嫌だと思う人もいるのでしょう。 いとう:それでも嫌な人と一緒にいなければならない状況は多々あります。そんな時に必要なのは苦手な相手との適切な距離感を見つけることですが、その時に「ちょっとちがってだいたいおなじ」という心のありようが有効になります。 そう思うことで、とりあえず一緒にいることができそうな気がします。とりあえず一緒にいることで相手の印象も変わり、理解も深まります。そこに、より良い関係を生みだす可能性があるのだと思います。 子どもの本の根底に人や社会に対する本質的な問いが 〈海の向こうの大きな陸地では、広い森がいつのまにかどんどん小さくなり、生き物たちがどんどん減っていった。大きな声でほえるおさるたちは、仕方なく丸太に乗って海を渡り、小さな島にやってきた〉 いとう:私の書くのはほとんどが短い話です。そこではストーリー展開のためだけのエピソードや登場人物はあり得ません。みんななんらかの意味を持っています。 もちろん、それをどの程度明確に書き込むかはその時々で違いますが、この本において、ほえるサルがどのようなサルで、なぜおさるのしまにやって来たかは、物語の中核に関わる重要な部分なので、しっかりと書き込む必要がありました。 また、ここには、植民地時代と変わらない先進国による開発途上国への搾取が引き起こす自然破壊に対して、私が日頃感じている怒りが根底にあるのは否定できません。 〈『おさるのしま』は小学初級からの子どもたちを読者対象として、ひらがなで表記されている。小さな子どもには、言葉の美しさやリズム、おじいちゃんとのかかわりが心に残るだろう。一方で、小学高学年から大人にとっても、深く考えさせられる内容となっている〉 いとう:子どもの本とは、それを読むのに知識や経験を必要としない本であり、素の人間としての感性や価値観に直接訴える本だと思っています。子どもの本は、簡単な言葉で語られる単純な物語でありますが、その根底には人や社会に対する本質的な問いが横たわっています。 子どもの本を読む人たちは、年齢に関係なく、その時々の素の自分として、物語を楽しんだり、本質的な問いに思いを巡らせたりすることが可能です。 いとう:つまり、子どもの本は、子どもに向かって書かれたものですが、全ての人の本でもあると言えます。 『おさるのしま』は未知の者に出会ったおさるの決断と行動の話です。その決断と行動をきっかけとして、あれこれ考えてもらったり、話し合ってもらえれば、作者としてとても嬉しいです。 日常の中にこの上ない楽しみや喜びを見つけていく 〈「おさる」シリーズは、1991年から30年以上も続くロングセラーであり、『おさるのしま』は、2025年1月刊行の最新刊である〉 いとう:おさるの本は、おもしろおかしい物語です。ですから、お話を楽しんでもらえれば、それで充分だと言えます。 ですが前述のように物語は重層的で、物語から派生したさまざまな疑問を共に考えられるように仕掛けられています。 おさるのシリーズでは、私が今まで生きてきた中で感じたこと、とりわけなんでそんなふうに感じたのかよくわからないことを、おさるに考えてもらっています。 おさると私とは「ちょっとちがってだいたいおなじ」です。その「ちょっとちがう」ことによって、わからないことの何がわからないのかがはっきりしたように思っています。 〈子どもたち、さらに大人たちに伝えたい想いをお聞かせください〉 いとう:人の身体は、刺激に麻痺するように作られているそうです。音でも匂いでも痛みでも、体を守るためにどんどん感じない方向に向かいます。それは、刺激に対して鈍感になっていくことを意味します。 このことは、身体だけでなく、感性、感受性についても同じことが言えるのではないでしょうか。 良くも悪くも最初は刺激的で驚いたり楽しんだりしていた物や事が、何度も見たり聞いたりしているうちに、ありふれた凡庸な事物に変わって行きます。楽しむためにはもっと強い刺激を求めるようになります。 そんなことを繰り返して、行き着く先はどんな世界なのでしょう。ちょっと恐ろしくなります。 でも、これとは別に楽しみを見つけていく道もあります。刺激を求めるのとは反対に、気をつけないと見過ごしてしまいそうな物や事をしっかり捕らえ、楽しむ感性を持つ方向です。それは感受性の網の目を細かくしていくことかもしれません。 そうして、毎日繰り返される何気ない日常の中に、この上ない楽しみや喜びを見つけていけたらいいなと思います。 また、このような物の見方、感じ方は、広い世界で起こるさまざまな出来事の中で、本当に重要なことは何かを見抜く力にもなると考えています。 ...つづく<宅配ピザの箱はリサイクル「できる?」「できない?」…マシンガンズ滝沢「ごみ清掃員歴13年」で気づいたエコな捨てかた>では、「ごみ問題」を解決するための一冊を紹介します。 【つづきを読む】宅配ピザの箱はリサイクル「できる?」「できない?」…マシンガンズ滝沢「ごみ清掃員歴13年」で気づいたエコな捨てかた

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