山から下りてきて田畑を荒らしたり、人に危害を加えたりした熊の駆除をしたと発表すると、「命を大切にしろ」「あんなにかわいいのに」「山に返してやれ」とクレームが役所・ハンターの元に殺到することが定番となった。罵詈雑言すらあるという。北海道では、クレーム電話が2時間に及ぶ例まであったそうで、完全に業務妨害である。そんな中、札幌市議会議員の成田祐樹氏はXに、熊関連の電話はナビダイヤルで1分300円にすればいい、といった趣旨の提案をした。【中川淳一郎/ネットニュース編集者】 【閲覧注意】田畑を荒らす害獣・イノシシを解体し、カレーにして食べるまで 実際の熊は本当に恐ろしい さすがに2時間で3万6000円を払う人間はいないだろうから、このやり方は業務妨害対策として優れているかもしれない。 熊を殺すのは可哀想? この手の電話のほとんどは別の自治体の住民からのもののようで、多くが地元の実情を把握しておらず、妙なヒューマニズム(ベアーイズム?)にもとづいたクレームとなっている。 はっきり言って、この手のクレーム電話をする者は自己中の浅はか者である。都会の人間が多いのだろうが、田舎では害獣は本当に害をもたらす。最悪の場合、人間が命の危険に晒されることもある。実際、2025年の熊による死傷者数は8月7日現在ですでに55人にのぼり、最多だった2023年の56人を上回るペースで進んでいる。秋田県の佐竹敬久前知事は、2024年12月、クレーマーに対し、県議会で「私なら『お前のところにクマを送るから住所を送れ』と言う」と発言。ナビダイヤルと佐竹前知事の提案を実際に実行されたらクレーマーの方が困るだろう。 私は熊がいない九州・佐賀県唐津市在住だが、害獣というものは実に厄介な存在だ。この地域にもイノシシ・鹿・猿・アライグマ・タヌキ・ハクビシンといった動物が農作物を食い荒らし、時には車に突っ込んできてフロントガラス粉砕、車は廃車、なんてこともある。地元の人や農家からはその迷惑さ加減を頻繁に聞く。ましてや熊だったらもっと大きく、狂暴なため、人間が命を落とすこともあり、その迷惑さたるや無限大である。 確かにこれらの動物も、子ども時代はかわいい。イノシシの子どもの「ウリ坊」なんて、かわいさだけでできていると言っても過言ではない。熊も子熊はかわいいし、そもそも熊自体が動物園にいるのんびりした白熊や、ディズニーアニメの「熊のプーさん」のようなイメージがあるから、クレーム電話をするのだ。 だが、実際の熊は本当に恐ろしい。秋田の山中を牛耳る巨大熊「赤カブト」と犬軍団の死闘を描く『銀牙 流れ星銀』ほどではないにせよ、やはり猛獣である。熊を20年飼っていた長野県の75歳男性が2022年にその熊によって殺されるという事故もあった。野生動物というものは犬や猫と違ってなつかないのである。カワウソやイタチもかわいいが、ペットにするには無理があるから普及しないのだ。ましてや熊である。 殺さないと農作物が壊滅的打撃を受ける ヤツらは腹が減ったら恩義もなにもなく手当たり次第に襲い掛かる。その実態を知らない人間が安易にクレームをしているのだ。かわいいから殺してはいけないだと? アァ、そうですか。牛、可愛いですよね? 豚もブーブー鳴いてかわいいですよね。イカだってハゼだってカサゴだって無茶苦茶かわいいけど、刺身やら天ぷらにしてうめぇうめぇ、と食べるではありませんか。 魚を釣り上げると、残酷にも頭を切り落とし、内臓を掻き出し、背開きで中骨を外していく。挙句の果てにはまだ生きているイカにワサビと醤油をつけてパクリ。死んだ後も油風呂にぶち込んで「ハゼの天ぷらは最高だね」なんて言う。 人間の原罪というものは、人間が地球の生物ピラミッドの頂点にいるため、その下にいる生き物を食べなくてはいけないところにある。ヴィーガンやベジタリアンも結局は生命体である野菜を食べているわけだ。 これはもう「仕方ない」のである。そして、この世は人間中心のものになっており、人間様に害をもたらす獣は駆除するしかないのだ。まぁ、猿は条例で駆除はできず追い払うが。こうした格闘を日々している佐賀県の農家・A氏は熊問題も絡め、害獣駆除についてこう語る。農家が生産しないと我々はメシが食えないのである。そこのところ、クレーマーは理解するように。 「イノシシの被害が多いので、罠を仕掛け、槍で一気に脳天を刺して血を出させて殺します。すぐに内臓を取り出して水で洗う。こうすることにより、おいしい肉が食べられる。我々だって本当は殺したくないですよ。でも、殺さないと農作物が壊滅的打撃を受けるんです。そして、上手に捌いたらそれは皆に分けて感謝しながら食べる。害獣との付き合い方はコレしかないんです」 こんな事情を把握してもまだ害獣駆除に激しくクレームをつける者には、佐竹前知事の発言ではないが、ぜひ野生の熊やイノシシを大事に庭で育ててくださいね。 ネットニュース編集者・中川淳一郎 デイリー新潮編集部