小泉進次郎農水相の「備蓄米劇場」で改めて存在意義が注目された「農協」(JA)。70年以上にわたって日本の農業と共に歩んできたこの組織の改革は可能なのか。全ての元凶「農政トライアングル」の実態とは……。ノンフィクション作家・奥野修司氏による深層レポート。 *** 【写真を見る】もし、ネズミがコメ袋に侵入すると……袋の中に克明に残る痕跡 5月下旬、小泉進次郎氏が農林水産大臣に就任してわずか3日目に「6月の頭には備蓄米を5キロ2000円台で店頭に並べたい」と宣言したのには驚いた。さらに、米の売り渡しは一般競争入札が普通なのに、小売業者らとの随意契約だという。 米価だけではない。参議院選が近づくにつれ、小泉大臣は米の出来を示す「作況指数」の公表廃止を宣言したり、農協の概算金という仮払い方式から「買取方式」に転換するよう求めたり、農協の問題に踏み込んできた。さらにJA全中(全国農業協同組合中央会)を「東京のど真ん中に農協がビルを持つ必要はあるのか」と批判したかと思ったら、「高い農業機械はリースに変えるべきだ」と発言したり、まるで令和の「農協改革」が始まったかのような雰囲気だった。 農水省 その半面、永田町では「強気の発言ができるのもせいぜい参議院選までだろう」とささやかれていたという。実際、農協改革は簡単ではない。あれほど政権が安定していた第2次安倍政権ですら、農協改革を提言しながら中途半端に終わったのだ。政権が安定していない今の自民党ではまず不可能であろう。 「農業が弱くなったのは、一に政治家」 では、農協改革は必要ないのかというと、そんなことはない。20年前に240万人いた、ふだん仕事として主に自営農業に従事している基幹的農業従事者が半分以下になり、20年後は30万人にまで減るといわれる。農地はピーク時から3割減少し、毎年3万ヘクタールが消えている。国産野菜はどんどん減り、農水省のデータを見れば、日本の農業が破綻に向かっていることは明らかだ。なぜここまで衰えたのだろうか。 2014年、自民党の農林族で第2次安倍政権の農水大臣だった西川公也氏は、新聞記者に問われてこう語った。 「こんなに農業が弱くなったのは一に政治家、二に農業団体、三に官僚の責任だ」 「農協改革」を進めるためのレトリックだろうが、意外に核心を突いているように思う。 政治家(農林族議員)、農業団体(農協)、官僚(農水省)の三者が、互いに利益を共有し結束することは「農政トライアングル」といわれている。 例えば、農林族は農協のために政策を立案し、農協は選挙になると農林族に票を提供する。農林族は農水省のために予算案や法案が国会で通過するのに協力し、農水省は補助金などの配分で農林族に配慮する。農水省は農協を保護し、農協は官僚に天下り先を提供する、といった具合である。それぞれが相互に利益を供与することで安定した結束を保っていて「鉄のトライアングル」ともいわれる。 組織を固めるため 日本の農業が危機に瀕するようになった元凶は、農政が一貫せずに、目まぐるしく変わったことにあるが、それ以上に農業協同組合法で保護された農協が、時代に合わせて自ら改革してこなかったことが大きい。その原因になったのが「農政トライアングル」である。 政官業の癒着につながる農政トライアングルがいつから形成されたかは明らかではない。戦時中の食管制度下で米価は政府が決定することになったが、戦後の池田内閣で「農工間の所得格差の是正」が目標になると、米価の引き上げを巡って自然発生的に農政トライアングルが形成されたという。だが1995年に食管制度が廃止され、米は民間市場で自由に売買されたのに、なぜ今も続いているのか。元農水官僚で明治大学教授の作山巧氏が言う。 「例えば、JAが米を保管する倉庫や精米する機械を導入するには農水省の補助金が必要です。JAに農水省や農林族が補助金を与え、かわりに言うことを聞きなさいという関係です。また、JAは金融や保険業務もやっていますが、民間の銀行や保険会社なら兼業は認められないのです。経済界から、JAにだけ特権を認めるのはおかしいという意見もあります。金融事業や保険事業を取り上げたら地域の農協がつぶれてしまうため、そこから守るのが農林族や農水省なのです」 補助金をつけ、農水省OBを天下りさせる手法 トライアングルの要である官僚の天下り先は時代ごとに変化してきたが、2009年まではトップの事務次官が退職すると農林中金の理事長になるのが当然だった。ただ、それ以外の官僚がJAの関連組織に天下ったというのはあまり聞かない。作山教授によれば「昔は各省庁に公益法人などを認可する権限がありましたから、農水省が許可した公益法人に補助金をつけ、そこへ農水省OBを天下りさせる手法が取られていました」という。 ちなみに農協は、全国組織に「JA全中」「JA共済連(全国共済農業協同組合連合会)」「農林中金(農林中央金庫)」があり、その下に、都道府県単位のJA中央会やJA経済連、さらにその下に地域の総合農協が連なる組織である。 昔はどこに天下るかは官僚の勝手次第だったのだ。それが2000年ごろになると冬の時代に入る。まず公益法人制度改革で、省庁が自由に公益法人を作れなくなった。さらに、民主党が09年に政権を取ると天下りのあっせんを禁止した。農林中金の理事長が初めて生え抜きに変わったのもこの頃だ。 ところが12年に政権が自民党に代わると、まるで解放されたかのように天下りが急増(図参照)する。やがて安倍政権がTPP(環太平洋パートナーシップ)協定交渉に合意すると、小泉党農林部会長(当時)が「農協改革」に辣腕(らつわん)を振るった。だが、これはある意味で脅しのようなものだったと前出の作山教授は言う。 「安倍政権は農協改革を最初から本気でやる気はなかったんです。私も農水省時代にTPP参加交渉をやりましたが、安倍さんはTPPに入りたいのにJAが強硬に反対していました。そこで、脅すつもりで農協改革を言い出しました。つまり反対できないぐらいに抑えるだけでよかったのです。農協が持っている票はやっぱり欲しいですからね」 「官僚もJAも現状維持が目的」 安倍政権の「農協改革」は、「大筋合意」したTPP協定を国会で批准するので反対するな、というサインだったのだ。とはいえ、このときに農協の政治活動の軸であるJA全中は、農協法改正で農協への監督権限を奪われたのだ。JAにとっては大打撃だったはずで、農協は組織を固めるためにキャリア官僚の天下りを積極的に受け入れたのだろう。 それにしても、戦後80年だというのに、これまで農協はなぜ改革できなかったのか。作山教授は言う。 「トライアングルに集まってくる官僚もJAも、現状維持が目的なので、現状を変えないことが重要なのです。つまり改革はできないということです」 例えば、農地改革で誕生した大勢の自作農は農林族の票になるのだから、農地を大規模化して票を減らすのは農協にとっても困るということになる。時代に合わせて改革しようにもできなかったことが、日本の農業を危機にまで追い込んでしまったのである。 では、農水省の官僚たちはどこへ天下りしたのか。内閣人事局が発表した報告を基に検証する。 巨大金融機関 農林中金は100兆円を超える貯金を抱えた巨大金融機関である。本来「農林水産業の発展に寄与」(農林中央金庫法第1条)することを目的につくられたのだが、実際は農業ではなく、主に外国債券に投資してきた。それが2兆3000億円もの含み損を抱えていることが分かったのは昨年6月である。08年のリーマンショックでも大きな損失を出したが、理事長が農水省の天下りから生え抜きに変わったのはこれが理由である。ここへ14年に實重重実元農村振興局長が常勤監事に就き、21年に大澤誠元審議官がエグゼクティブ・アドバイザーに就任した。大澤氏は24年にニュージーランド特命全権大使となったが、「専門知識や経験に基づいて助言する仕事なのに、なぜ巨額の損失に気付かなかったのか」と農協内で言われている。また、皆川芳嗣元事務次官が20年に「金融識見者」として農林中金の経営管理委員になった。皆川氏は退官した後、16年に農林中金総合研究所の顧問になり、2カ月後に理事長に就任するのだが、4年たって本体である農林中金の役員を兼任したというわけだ。彼も19名いる経営管理委員の一人なのだから、運用失敗による巨額の損失を出した責任は重大である。ところが、農水省が公表した有識者検証会の報告書では、皆川氏はもちろん、誰一人責任を取っていない。さすがに奥和登理事長は退任したが、あきれたことに、その直後に農林中金総合研究所顧問に就任しているのだ。 JA全農(全国農業協同組合連合会)は、農畜産物の販売や生産資材の供給などを担うJAグループの中核である。17年、本川一善元事務次官が経営管理委員に就任した。本川氏の事務次官就任は15年だが、在任期間は1年もなかった。 「安倍政権が農協改革をするのに彼が事務次官では邪魔だということで、菅(義偉内閣官房長官)が彼を退任させて奥原(正明)を事務次官に据えたんだ。通常、同期が次官になれば他は退官するのが慣例だが、奥原は経営局長として残っていたんだよ」(農水省OB) 日本式「回転ドア」 農薬工業会という団体がある。現在は名称をクロップライフジャパンに変更している。会員は農薬メーカーである。21年に松浦克浩元神戸植物防疫所長が専務理事に就任。その前の専務理事も農水官僚だから天下りのポストなのだろう。JAグループの一員であるクミアイ化学もここの会員である。つまり農水省と農薬メーカーと農協の3者が、ここでも「トライアングル」を築いていたのである。 これは米国の「回転ドア」を彷彿させる。米国政府とバイオ企業のモンサント(現在はバイエルが買収)が人事交流する隠語だが、米国政府の高官がモンサントの役員になったり、モンサントの弁護士が政府機関のFDA(食品医薬品局)の役員になったりすることだ。さすがに日本では無理だろうと思っていたが、もしかすると日本式「回転ドア」なのかもしれない。 日本は主な化学肥料の原料のほぼ全量を輸入に頼っている。それなら有機栽培が広がるはずなのに、日本の耕地面積に占める有機農業の割合は0.7%と10年前からほとんど変わっていない。かつて有機農産物なんて目にしなかった中国でさえ、今では面積で世界第4位になっている。各国が有機栽培の面積を急増させているのに、日本は世界91位まで後退しているのだ。 農協が農家に配付する「栽培暦」には、農薬や化学肥料をまく時期がカレンダー式に懇切丁寧に記されている。兼業農家はこれに従って散布する仕組みだから、有機栽培が広がらないのは当然なのだ。 巨額の税金が…… 農地の改良事業を行う団体などを統括する全国組織が全国土地改良事業団体連合会(全土連)である。会長は二階俊博元自民党幹事長。20年にここへ室本隆司元農村振興局長が専務理事として就任した。彼以外にも農水省からたびたび天下りしている。おそらく「農業構造転換集中対策」が関係しているのだろう。これは日本の農業構造の転換を図るべく、農地の大区画化やAIを使ったスマート農業などを推進しようという新たな政策のことである。 「今後5年間で2兆5000億円が投入される計画だ。農地の大区画化などに8000億円、スマート農業に7000億円、老朽化した共同利用施設の更新などに9000億円、あとは米の輸出拡大事業だ。このうち農地の規模拡大は全土連が受け皿になるだろうな。農家ではなく土木業者が潤う。これが農業政策の目玉というんだから最悪だね」(元農協組合長) 最近、農機具メーカーに再就職する農水省職員が増えている。スマート農業に7000億円をあてた見返りにポストが提供されたのだろう。こうして巨額の税金が企業に分配されていくのだ。 自分の利益を優先し、農家を犠牲に 令和2年(20年)にJA全中が農協組合員を対象に調査した報告書がある。それによると、正組合員の平均年齢は69歳。つまり現在は74歳くらいということだ。これは基幹的農業従事者の平均より5歳も高い。さらに販売金額が300万円未満の零細な経営体が75%を占める。彼らの大半は後継者がおらず、数年以内にリタイアするだろう。耕作しなくなった田畑を集約して大規模化すれば、経営を引き継ぐ者は現われるが、規模を拡大すればするほど農家は農協を離れていくのである。ある農協組合長は、これこそ深刻な問題なんですと言い、こう説明してくれた。 「たとえば購入する農機具は、農機具メーカー→全農→全農都道府県本部(経済連)→地元の農協(単協)→農家と流れます。農家に届くまで4段階ほどペーパーマージンを取られる。単協が直販できればもっと安くできるのに、誰もやらない。肥料だって出荷段階で約3割高いのです。なぜ高いのか、原価を公開しろと言っても絶対やらない。大規模農家は経営に敏感だから、わざわざ農協で高いものを買わないですよ」 農水省は、農家が激減しても農地の大規模化とスマート農業でなんとかなると思っている。だが、スマート化で人が少なくなれば、農道や水の管理が難しくなり、さらに地域社会が崩壊していくだろう。それだけではない。農家に去られた農協は、農協法で定められた協同組合といえるだろうか。この組合長は言う。 「戦後、食管制度があった時代は農協は半官半民でやってきたんです。元は官僚制だから、非効率にできてるんですね。まず自分の組織を守り、自分の利益を優先し、農家を犠牲にするんです。組合員から預かったお金で2兆円以上の損失を出したのに、誰も責任を取らないのもそうです」 企業などの組織は30年もすれば衰退期に入るといわれる。農協はすでに設立から70年を超えた。改革がなければ、今の農協は、それほど遠くない未来に消えざるを得ないだろう。 奥野修司(おくのしゅうじ) ノンフィクション作家。1948年生まれ。『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で講談社ノンフィクション賞と大宅ノンフィクション賞を受賞。『ねじれた絆』『皇太子誕生』『心にナイフをしのばせて』『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』など著作多数。 「週刊新潮」2025年8月28日号 掲載
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