かっこいい大人になりましょう──政治団体「再生の道」代表の石丸伸二氏は、昨年7月の都知事選に出馬すると旋風を巻き起こした。都内有権者の広範な支持を集め、約165万票を獲得。現職の小池百合子氏に次ぐ2位となり、一躍、“時の人”となった。その都知事選で石丸氏が演説で使い、聴衆の心を掴んだフレーズが「かっこいい大人になりましょう」だったのだ。 *** 【写真を見る】「石丸旋風ってこんなにすごいの?」と衝撃を与えたことも…2024年の都知事選で銀座の路上を聴衆で埋め尽くした石丸伸二氏 興味深いことに立憲民主党の辻元清美・代表代行も、このフレーズに惹きつけられたと明かしている。毎日新聞(電子版)が昨年9月に配信した記事(註)によると、都知事選の最終盤に辻本氏は変装して石丸氏の街頭演説を聞いた。そして石丸氏が聴衆に「かっこいい大人になりましょう。東京を動かしましょう」と呼びかけるのを目の当たりにし、「聞いていると気持ちいい」と感心したという。 「再生の道」代表退任を表明した石丸氏 その石丸氏は8月27日、東京都内で記者会見を開き、9月16日付けで代表を退任すると表明した。この会見でも当然ながら「かっこいい大人」としての振る舞いに注目が集まったのだが……。 石丸氏は会場に入って着席すると、「せっかくなので、いつものメディアの皆さまとのコミュニケーションの時間を取っていきたいかなと思います」と宣言。朝日新聞記者の名前を呼び、顔を左右に振って見つけると「おはようございます」と笑顔を浮かべた。 そして「なんで連絡が取りづらいとお考えですか?」と質問。朝日の記者は「タイミングが悪くて大変申し訳ございません」と謝罪すると、石丸氏は楽しそうに声を出して笑う なぜ石丸氏は朝日新聞と連絡を取らないのか、その理由は記者個人に嫌悪感を持っているのではなく、朝日新聞に対して良からぬ印象を持っているためだと説明。思い当たる節はあるかと記者に質問した。 延々と朝日批判 記者が思い当たる節はないと伝えると、石丸氏は朝日新聞の記事にある「石丸伸二氏が『再生の道』の代表を辞任へ 都議選と参院選で全敗」という見出しを問題視していると明かした。 石丸氏は、結婚式の挨拶で新郎を「実は離婚歴があります」とか、新婦を「これまで彼氏が10人いました」と紹介することは、たとえ事実であってもあり得ない、と説く。 「朝日新聞は見出しにそういう事実を混ぜていく、そこには単なる事実だけでなく評価も加えられる時があります。これは個別に取材を受けた際にお伝えしましたよね。参院選の翌日の見出し『国民の不安と不満が現れた選挙結果だった』と。それは評されたわけなんですけども、あれだって自分の立ち位置があって、選挙の結果に対して、私からすれば文句を言っているという風に映るわけです。しかし本人たちはあまりその自覚がおありでないんだろうな、という風にこれまでも見てきました。そして今回、『あ、やっぱりそうだな』と思って感じたので、今改めて伝えてみたんですが、私の言わんとしているところは理解できましたか?」 石丸氏は「左派のメディアは愛と平和を謳いながら、むしろ憎悪を撒き散らしている」と批判。朝日記者に「今後、朝日新聞に言及する際には必ず『世紀の大誤報で国益を損なった朝日新聞』という枕詞で紹介されたいですか? それ事実ですよね? でもそうしないじゃないですか。そうし続けることに意義があるという人もいるかもしれないんですが、それって建設的なことになりますか?」と矢継ぎ早に質問を浴びせた。 朝日の次は日経 最後は朝日記者に「偉くなって朝日を変える」、「早々に朝日から抜ける」、「全然違うなら反論してもらう」──このいずれかを実現してほしいと要求して“朝日批判”は終わった。 まさに大演説だった。しかし結局のところ朝日新聞の「都議選と参院選で全敗」という見出しが不満だったとしか感じられない内容だった。 Xで石丸氏は“粘着質”と評されることがある。実際、この退任会見でも石丸氏の“メディア批判”は、さらに続いた。 次にやり玉に挙げたのは日本経済新聞。会見に出席しているのは顔見知りの記者でないことを確認すると、「日経新聞も記事、電子版に書いて下さっていたと思うのですが、あの写真はどなたがどういう意向で選ばれたのですか?」と質問した。 石丸氏は電子版の記事に「目をつぶった自分の顔写真」を使われたことを強く問題視。もし、この写真選定に問題がないと主張し、今後も続けるというのであれば、会見の様子は動画で撮影している。たまたまぼーっとしていた日経記者の表情を切り取り、「記者会見に対して日経新聞の記者、退屈そうに参加する」というキャプションで配信すると“通達”した。 日経記者を脅迫!? こんな写真の使い方は「許されるのか?」と石丸氏は問題提起。そして日経記者の顔写真を配信に使っていいのか、記者に確認を求めると、氷のような笑顔を浮かべた。記者が「私は何とも言えません」と答えると、石丸氏は「普通はやらない」とは口にした。 気になるのは、上記のやり取りは石丸氏が日経記者を“脅迫”したようにも聞こえる点だ。脅迫が言い過ぎなら「強く圧力をかけた」でもいい。 ITジャーナリストの井上トシユキ氏は都知事選の際、石丸氏に期待するところがあった。広島県安芸高田市の市長時代、ごく普通にインターネットを活用して市政の可視化を実現し、ネット上で共感の声を集めることに成功した。同じ手法で都政改革に挑む可能性を感じたという。 都知事選の投票終わると、石丸氏が開票速報番組のインタビューでアナウンサーや記者、ゲストに噛みつく姿に批判が集中した。 井上氏は「石丸氏の支持層はマスコミ=マスゴミと認識しているので、決して間違った戦略ではない」と擁護した上で、「ただし今後はオールドメディアも含めて積極的に取材に応じるべき。何ならワイドショーのコメンテーターをやる方法もある。ネットに限らず広く露出を増やし、支持者の裾野を広げるべき」と、“イメージチェンジ”をアドバイスした。 パワハラ上司を連想 石丸氏は一時期、「そこまで言って委員会NP」(読売テレビ)や「サンデージャポン」(TBS)といったバラエティ寄りのテレビ番組に出演した時期もあった。だが、やはり彼の主戦場はネットであり、積極的に地上波やBS、CSなどの番組に出演することはなかった。 井上氏は「少数の例外を除き、最近は石丸氏の動画の再生回数も減少傾向にあります。結局、石丸氏は“ネット弁慶”だったということでしょう」と言う。 「石丸さんは政治家として何を成し遂げたいのか、最後まで分かりませんでした。雄弁になるのはネット上のマスゴミ批判に乗っかる時だけです。そのため多くの人が辟易するようになったと考えられます。ネチネチと粘着している印象を指摘する声も多く、記者への逆質問も弱い者いじめに見えます。退任会見で朝日や日経の記者とやり取りをしていた時、確かに笑顔を浮かべることはありました。しかし目は笑っていません。そのため冷笑というイメージが強くなり、パワハラ上司が部下を、もしくは横暴な発注先が受注先を、言葉の暴力で追い詰めているように受け止められました」 「化けの皮が剥がれた」 井上氏によるとネット上では「リーダーの資質がない」と切って捨てる意見が目立ったという。 「SNSには『こんな人と一緒に働きたくない』という投稿もありました。これは最後通牒に近いニュアンスがあります。退任会見で朝日と日経の記者に説教をしましたが、完全な逆効果に終わり、ネット民は石丸さんを『化けの皮が剥がれた』と見限りました。ここで思い出したいのは、石原慎太郎さんや橋下徹さんも朝日新聞を攻撃することが多かったことです。ただし彼らは“石原節”や“橋下節”という魅力的な語り口を持っていました。そのため、朝日新聞を厳しく糾弾してもパワハラの印象は乏しく、納得したり溜飲を下げたりした有権者が多かったのです。要するに石丸さんは最後まで“石丸節”がなかったということでしょう」 註:連載 政党不信の底流「これは票を取るなあ」 辻元氏、変装して偵察した石丸演説に驚き(毎日新聞電子版・2024年9月22日) デイリー新潮編集部